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『落研ファイブっ』(73)「蛇の恩返し」

 お百度参ひゃくどまいりこと白蛇姫しろへびひめこと藤崎しほりににらまれたカエルのごとき立場のシャモは、三角座りで顔をうずめた。

〔シ〕「それにしても何で俺こんな目に合ってんだ。何か悪い事したっけ」
 
〔餌〕「むしろ白蛇姫しろへびひめサイドとしては『鶴の恩返し』的なつもりでは」
〔三〕「そうだよ、五千万円を出してシャモごときを婿むこに取ろうってんだ。こんなオイシイ話はねえだろ」
〔シ〕「だったら三元さんげんがしほりちゃんと付き合えばいいじゃん」
 シャモが半泣きになりながら三元さんげんに言い返す。
 
〔加〕「最低っ。しほりはみのちゃんが良いの」
〔シ〕「だってこんなのヒドイ。何でこんな事になるんだよ。何か悪い事した。せっかく人生初彼女が出来ると思ったら」
 加奈にまで責め立てられ、シャモはついに肩を震えさせた。


〔仏〕「なあ、シャモ。サッカー部が完全活動自粛かつどうじしゅくに追い込まれたのは誰のせいだっけ。悪い事かどうかはともかく、やつらの恨みは買ったよな」
〔シ〕「そりゃあいつらの自業自得じごうじとくじゃん。俺何にも関係ないし」

〔仏〕「お前が銀のたて欲しさに『みのちゃんねる』で写真やら映像を拡散しなけりゃ、もう少し現実的な処分で済んだろうよ」

〔松〕「梅雨の季節になってなお全部員全活動自粛措置かつどうじしゅくそちが解けないんじゃ、大会出場も絶望的ですからね。何も加担かたんしていない部員にとっては、まさに理不尽りふじんを絵にかいた現状です」
 仏像の言を松尾が引き継いだ。

〔シ〕「そんなの理事長に言えよ。俺の知ったこっちゃねえ!」
 赤い目をしばたかせながら、シャモが仏像と松尾に叫ぶ。

〔仏〕「『みのちゃんねる』がタレコミ映像と写真を流したから、翌朝からTVも映像と写真を流すようになったんだろ。今や『みのちゃんねる』には十万人以上の登録者がいるんだ。ただの高校生の発信とは訳が違うんだよ」

〔シ〕「商店街で暴れた部員をさらしの刑に処したのはたしかに俺だよ。だけど学校側があんなバカげた対応をするとは思わなかったんだって」
 仏像に畳みかけられたシャモは、勢いを無くしてうつむいた。


〔加〕「確かにウチが『みのちゃんねる』に登録したのも、あの回を見てからだわ」
 二人の応酬おうしゅうを見守っていた加奈が、歌舞伎揚かぶきあげをばりばりと食べながらうなずいた。

〔餌〕「ん? と言う事は。加奈先輩とシャモさんがつながったのは、一並ひとなみ高校サッカー部暴動回ぼうどうかいの配信日って事ですよね」
〔加〕「それが何か」
 加奈が歌舞伎揚かぶきあげに伸ばした手を止めた。


〔シ〕「夜行バスで九州に行ってくる。三元さんげん、着いてきてくれ」
〔三〕「何でだよ」
〔シ〕「銀のたてと俺の煩悩ぼんのうを、火山に捨てに行く」
 さっそくシャモはスマホでルート案内を検索けんさくし始めた。

〔松〕「火山なら群馬にあるじゃないですか」
〔シ〕「湘南新宿しょうなんしんじゅくライン一本で行ける所じゃ、苦労した感が出ないじゃん」
〔仏〕「銀のたては指輪じゃねえ」
〔シ〕「だったらどうすりゃ良いんだよ」

〔み〕「何バカ言ってんだこのトントンちきが!」
 川崎大師名物のくずもちを運んできたみつるが、取り乱すシャモをあきれ顔で見下ろした。


〔み〕「盗み聞きするつもりは無かったんだがね。あんたら声がデカいから、店に全部つつ抜けなんだよ」
〔う〕「面白そうな話だから、ちょいと仲間を呼んじまったよ」
 松脂庵まつやにあんうち身師匠みししょうの後ろから、ひょっこりと二人の男性が顔を出した。

〔三〕「葛歌麿師匠かずらうたまろししょうだっ。うわっ、どうしよどうしよ」
 ステッキを手にした上品な老齢の男性は、あわてる三元さんげんを見てにやりと笑う。

〔み〕「こちらは郷土史家きょうどしか滝沢たきざわさん。修験道しゅげんどうにも詳しい御仁ごじんだよ。子供同士ああでもないこうでも無いって言っても切りがない。こちとら伊達だてに年食っちゃいねえんだ。ちょいと話を聞かせてもらうよ」

〔葛〕「面白そうな創作落語のネタがあるんだって」
〔滝〕「白蛇しろへびは神の使いとは言いますが。さて、話を聞かせて頂きましょうか」
 拒否権は無いと言わんばかりに、老人達はずかずかと座敷ざしきに上がり込んだ。


※※※

〔み〕「あたしゃ比婆ひばさんの言う通りだと思うね。恩返しに来てもらったと思ってご縁を大切に、末永く仲睦なかむつまじく。さっさと祝言しゅうげんをあげて一太郎二姫いちたろうにひめに囲まれて暮らすこった」

〔う〕「逢引あいびきの内容を一切覚えてないんじゃ、味気が無いのも確かよな」

〔葛〕「『牡丹灯籠ぼたんどうろう』のような後味の悪い話にならないとは思うねえ。もしどうにも尻の座りが悪いってんなら、厄払やくばらいに行ってみちゃどうだい」

〔滝〕「蛇の伝説は水とかかわりが深いのです。藤崎さんが代々お住いのエリアは元々き水が豊富な場所でして。地盤じばんが急にゆるくなる場所があるからか、神隠し伝説が何件もある地域なのです」

 シャモが涙ながらに今までのいきさつを話すと、四人の老人はそれぞれ首をひねってバラバラな感想を述べた。

〔シ〕「ひいっ。藤崎家は昔から地面にって人を飲み込んで」
〔葛〕「おお怖い怖い。こりゃ良い怪談話かいだんばなしが出来そうだ」
 半笑いで葛歌麿師匠かずらうたまろししょうが茶をすする。


〔み〕「じゃあんたは前世だか前々世だかで、沼におぼれそうになった子供を助けたんじゃないのかい。それが恩返しに来たんだとすれば、彼女を受け入れやすいだろ」

〔シ〕「で、俺はどうすれば」
 めいめいに好き勝手を言う四人の老人に挟まれて、シャモは途方に暮れた。

〔加〕「みのちゃんがしほりとどうなりたいかだよ」

〔シ〕「俺の意識がはっきりした状態でしほりちゃんの真意が聞きたいし、俺が何をしているのかを俺自身が分かっていたい。しほりちゃんが俺たちの前だけで人間の形を取っているなら別れたい」

〔加〕「しほりと出会ったのは高校になったからだから、実はウチも長い付き合いじゃ無いんだよね。中学以前のしほりを知ってる奴は、今の所見つからないし」
 どうどうめぐりのまま時計の針が五時を回ると、松尾は付き合い切れないと席を立った。


〔松〕「どんな対応を取るにしても、決めるのはシャモさんですからね。流されちゃダメですよ。それから僕が言ったように、『自己洗脳』メカニズムが働いている可能性を肝に銘じてください」

〔シ〕「ありがとうな」
 シャモに軽くうなずくと、松尾は味の芝浜ののれんをくぐった。

※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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