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『落研ファイブっ』(6)「怪しい男たち」

〔青〕「『草サッカー同好会』さんお疲れ様です」
 勝手知ったる視聴覚室がアウェイになった今、新たな主となった放送部部長・青柳真中あおやぎまなかと、松尾に声を掛けた小柄な一年生・飛島純とびしまじゅんが五人を出迎えた。

〔青〕「我々もいつもいつも視聴覚室で活動する訳ではないので、今後こちらで皆様の荷物をお預かりする訳には」
〔シ〕「じゃ、視聴覚室開放してよ。サッカーDVDでイメトレするからさ」
〔青〕「それが、山崎先生から『草サッカー同好会』には絶対に視聴覚室を使わせるな、と言われてしまえばこちらと致しましては」

〔仏〕「矮星わいせいの気まぐれと俺らとどっちが大事だよ」
〔青〕「単位と内申ないしんが一番大事ですからね。山崎先生の言う事には従わざるを得ませんので、お気を悪くされませんよう」

 放送部の顧問こもんである山崎は堅物中の堅物である。
 多良橋たらはし宗像むなかたのような『シャレ』が通じる相手ではないので、仏像も渋々引き下がった。

※※※

〔シ〕「じゃあな、三元さんげん。柔軟しろよ」
 一人各駅停車に乗り込んだ三元さんげんに手を振ると、落研メンバーを乗せた特急電車のドアが閉まった。

〔餌〕「飛島君もこっち方面なんだ」
 放送部に入った飛島は、松尾の隣にくっついている。
〔飛〕「横浜乗り換え組です。皆さんは乗り換えなしですか。うらやましい」
〔シ〕「そうだね、仏像と松尾が横浜で。そう言えば飛島君に自己紹介してないじゃん」
〔飛〕「松田君からお名前は聞いてます」
〔シ〕「何その正妻ムーブ」
 シャモが呆れたように、お前ら隠す気ねーのかよと眉をしかめた。

〔松〕「岐部きべさん何か勘違いしてません」
〔シ〕「シャモでいいよ。岐部きべって言われても反応が遅れる」
〔餌〕「あるいはみのちゃんでも」
〔シ〕「みのちゃんは配信者としての名前だからリアル友はシャモで。飛島君もシャモって呼んでくれな」
 餌の補足に、シャモは首を横に振った。

〈翌日昼休み 給水タンク前〉

〔餌〕「あれ、お邪魔虫だった。すぐどけるよ」
 松尾と飛島が落研第二のたまり場である給水タンクの扉を開けると、えさが一人バゲットサンドをかじっていた。

〔松〕「いえ、全然。はんさん、僕らもここで食べても構いませんか」
〔餌〕「伴さんって僕の事」
〔松〕「伴太郎はんたろうさんですよね」
〔餌〕「そうだけど何か気持ち悪いな。えさって呼んでよ」
 餌はペットボトルのカフェオレをぐびぐび飲みつつ答える。

〔松〕「罪悪感を感じる呼び名ですよね。ちょっといじめっ子になった気分です」
〔餌〕「えええっ。餌って呼び名は全然そんな理由じゃないよ。最初は『鳥の餌』だったんだけど、呼びにくいからいつの間にか『餌』になっただけ」

〔松〕「そもそも『鳥の餌』って呼び名も随分ずいぶんだと思いますが」
〔餌〕「そうかな。すっごく面白い話なんだけど」
 嬉々ききとしてえさが語りだした自らの呼び名の由来は、松尾と飛島の想像を絶するものだった。

※※※

〔餌〕「小三までジャカルタにいたんだけど、会社経営してた父さんが鳥の餌の発注ロットを巡って相手方とトラブルになったの。父さんも色々『交渉』したんだけど、警察と相手方が実は裏で手を握ってて――」
〔飛〕「何ですかそのノワール小説みたいな展開は」

〔餌〕「相手側は青龍刀せいりゅうとう片手に会社に殴り込んでくるわ、くさった卵を投げてくるわで、結局警察に行ったんだ。でも警察は全く動かないし、雨季が来て鳥の餌は腐るしで」
 飛島はこの手の話が大好きなようで、弁当を広げるのも忘れて餌の話に聞き入っている。

〔餌〕「怒った父さんは、発注した覚えのない四ロット分の腐った餌を送り返したの。そうしたらマフィアが寝込みを襲ってきたんだ」
〔飛〕「えええっ。大丈夫だったんですか」

〔餌〕「僕と母さんは地下室から外に逃げて無事だった。父さんはマフィアをその場で買収して、父さんの用心棒にした。そうしたら警察がようやく動いたんだよ」
 あまりの展開に、黙って聞いていた松尾のはしから肉団子が転がり落ちた。

〔餌〕「母さんは僕を連れて日本に戻るなり、父さんから預かった離婚届に判を押して役所に出した。それ以降僕は父さんに会っていないんだ」
〔飛〕「そんな。お父さんは無事なのですか」

〔餌〕「うん、父さんは『いつも前だけ向いてにっこり笑っていれば、最後には勝つんだよ』っていつも言ってたから、上手くやってると思う」
 餌はそう言うと、半分になったペットボトルのカフェオレに練乳れんにゅうを絞り入れた。

〔餌〕「それに、学生時代に家に入ったコソ泥から光熱費こうねつひと家賃を巻き上げたぐらい悪運の強い人だから」
〔飛〕「えささんのお父さんってすごい人ですね」
 ヤバい人の間違えだろと心中で突っ込みを入れながら、一つおかずの少なくなった弁当を松尾はつついた。

〔松〕「そう言えば、今日は三元さんげんさんたちは」
〔餌〕「三年生は三者面談さんしゃめんだんがあるから、進路表を書いているんじゃないかな。仏像は友達が多いから、今日はそっちの付き合いに行ってると思う」
 『スノボの王子様』時代の仏像を思い、松尾はさもありなんとうなずいた。

〈三年一組〉

【進路表 三年一組 岐部漢太きべかんた

第一希望 横浜港大学 経営学部/ 第二希望 東神奈川大学 経営学部/ 第三希望 西横浜大学 商学部

将来の希望職種 家業を継ぐ

将来の夢 今すでに叶っている

進路等で特に相談したい事(自由記入)
なし

※※※

 さっさと進路表を書いて弁当に手を付け始めたシャモを横目に、三元は【おべんとう・穀雨こくう】をつつきまわしながら、空欄の進路表を|《なが》眺めていた。

「シャモは迷いが無くて良いな」
「家を継がないの」
「ばあちゃんがいなくなったら店じまい。父さんが店を継がないで置き薬の営業やってるんだから、俺だって継ぐ義理はない」
 三元さんげんはカジキの照り焼きをほぐしながらため息をついている。

「板さんにお母さん達はどうするんだよ」
「死んだじいちゃんに義理立てして残ってくれた、爺さん婆さん連中ばっかりだ。みつるばあちゃんは新しい男にお熱だし、あの店も長くはないんじゃないのかな」
 三元さんげんは安全第一の男だ。
 傾くのが目に見えている家業と従業員を背負いこむ、一世一代の大博打おおばくちは打てない。

「えっ、ばあちゃんの新しい男?! いくつだっけ」
「今年で喜寿(七十七歳)だよ」
「そんなのあり」
 シャモはウーロン茶を吹き出しそうになるのを何とかこらえた。

「大ありも大あり。新しい男に出会うまでは『あそこが痛いここが痛い足揉め肩さすれ』だったのが、男の孫の世話を俺に押し付けて、きゃっきゃしながら寄席よせやら芝居を見に行ってら。ちなみに男の名前は綱五郎、孫の名前は四郎」
「その新しい男っての、大丈夫なのか」
 時事ネタに三面記事を常に脳内に仕入れているシャモの脳裏を嫌な予感がよぎる。

「『味の芝浜』って一等地に結構な敷地面積しきちめんせきで建ってるし、立ち退きにも応じなかっただろ。ばあちゃんの彼氏だか何だか知らねえが、その男は地上げ屋や地面師じめんし一味いちみなんじゃ」
「ないない」
 三元さんげんは苦笑いしながらタケノコの煮物をぽりぽりとんだ。

「何で。あり得ない事じゃねえぞ」
「無いわ。だって『逆張りのシャモ』が怪しいって騒ぐんだからよ」

 『逆張りのシャモ』『逆張りのみの』との二つ名が付くぐらい、明日の天気から選挙戦の行方に至るまでシャモ/みのの逆を選べば勝てるともっぱらの評判だ。

 綱五郎つなごろうも孫の四郎しろうもいけ好かないが、シャモの方が余程怪しい。

「俺ハッキリ言って成績悪いしな。仏像やえさと違って、選ぶ余地が無いわ」
 三元さんげんが空欄の進路表を見ながらぼやいた。

「仏像は国公立文系特進コースの成績トップで全国模試優秀者リストの常連様。餌はシンガポールの大学が第一志望なんだろ。あいつらと比べたら、誰だって成績が悪いに決まってら」
「あいつら、成績だけはトップレベルだもんな。地頭が違うんだからしょうがねえ」
 三元はため息をつきながら進路表とにらめっこした。

〈学食にて〉

〔山〕「政木まさき、ついに落研無くなったんだって」
 軽くコロッケパンで済ませるつもりが、出遅れてしぶしぶ学食の列に並んだ仏像に後ろから声を掛ける男がいた。
 本物のサッカー部の四番、一並の壁こと山下である。

〔仏〕「宗像むなかたが壊れたの知ってる」
〔山〕「あれだろ。あ『吾輩は昌華まさかである。名前はまだない』。PK戦になった時に使えそうじゃね。俺らだけ耳栓みみせんしといてゴール裏に宗像むなかた呼んで」
〔仏〕「せこい。さすが一並の壁せこすぎる」
〔山〕「そりゃ反則以外は何でもやるだろ。勝負なんだしよ」
 並んでラーメン大盛を受け取ると、ちょうど二席だけ席が空いた。

〔井〕「あれ、政木まさき珍しっ。落研がサッカー部にくら替えするってどういう事だよ」
 バスケ部の四番である井上が、チャーハン弁当をブルドーザーの如くかき込みながら声を掛けてきた。

〔仏〕「『草サッカー同好会』な。矮星わいせいが落研を乗っ取りやがってこのざまだ」
 仏像がコショウをラーメンに振りかけながら、恨めしそうにぼやく。

〔山〕「文化系の奴にいきなり階段ダッシュ何本もやらせて正気かと思ったわ。そういやフェイスガードとネックガード付けてた子って、一年のダサカバンで有名な子」

〔井〕「あれだろ。【ページヤ】のバッグだろ。気になりすぎて検索したわ。まさかスーパーのエコバッグだとはね」
 井上が苦笑した。

〔仏〕「えっ、検索したのか」
〔井〕「いや、【ページヤ バッグ】で検索しただけ」
〔仏〕「そうか。なら良い」
 申し訳なさそうに小さくなっているチャーシューをスープの底から拾い上げながら、仏像はため息をついた。

〔井〕「もしかしてあの子って、中三の時のお前と同じケース」
 井上が声をひそめた。
〔仏〕「まあ、そんな感じ。かなり訳アリの奴だからそっとしておいてくれ」
 山下と井上は軽くうなずくと、ごくごくとお冷を飲み干した。

※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
(2023/8/8 改題および一部改稿 11/20 一部再改稿 11・30 再構成)

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