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薬膳空想物語 『七十二候の食卓』

~はじめに~
日本人ならば、二十四節気という言葉を少なからずどこかでは聞いたことがあるでしょう。
もともとは古代中国で作られて、季節の移り変わりをあらわす指標として農業で重宝されてきました。
太陽の運行をもとに、一年を二十四に分けたのか「二十四節気」で、旧正月の暦から始まり立春、雨水、啓蟄…と続く。
そのひとつの節気を更に三つに分けたのが「七十二候」。
四季がある日本で、暦の美しい言葉とともに不思議とその通りに移りゆく自然の変化、
そして芽吹き、育つ旬の食材たち。
薬膳という、いわゆる食べて整うごはんと、
日本のよき季節を感じる、どこにでもあるちいさな日常の物語を一皿ずつ綴ります。



立春
「東風解氷~はるかぜこおりをとく~」一杯目

東から暖かい風が吹きはじめ、張り詰めていた厚い氷を少しずつ溶かし始めるころ。
寒くて白くて美しい冬も、もう終わりを告げようとしている。
今朝ははじめてシジュウカラの鳴き声も聴こえた。

まだ東北は身に染みる寒さがあるが、確実に空気がやわらかさを帯びてきたのを感じる。
先日は道の駅で「蕗の薹」を見つけた。
蕗の薹はキク科フキ属の多年草で早春の花茎全部でフキノトウというらしい。
今は亡きお婆ちゃんが居た春の台所は、そんな匂いがした。
こちらの地方では蕗の薹で作った味噌を「ばっけ味噌」といった。今でもそう言う人もいる。
お婆ちゃんの着ていた花柄のエプロンもなんとなく、いつも「ばっけ」の匂いが染みついていた。

昔、住んでいた家の畑にあった深めの貯め水場。
子供の自分にとっては大きな池に感じた。
その上の張った氷をスケートリンクに見立てて、弟と滑って遊んだ。
調子に乗って滑っていたら、突然割れた。
下半身が水浸しになってパニックになり、泣きながら帰った記憶。
今思えば、「はるかぜこおりをとく」時期だったのかもしれない。
春の匂いを感じる蕗は、どうやら昔のことを想い起させるらしい。

蕗は薬膳の効能では食味(※)は苦。食性(※)は温。苦みがあって身体を温めてくれる。
帰経(※)は肝・心・肺。やはり春の食材らしく肝もしっかりカバーしてくれる。
苦みがある食材は咳も鎮めてくれるらしいし、解毒効果もあるなんて有難い。
春の山菜の苦みは、冬の間眠っていた身体を目覚めさせる。
蕗のとうをきれいに洗って、水気をとって刻む。
フライパンに油を軽く敷いて炒める。刻んだらすぐやるのがコツだ。
あとは好きな味噌と味醂と砂糖をお好みで加え、味噌だれを作って炒めた蕗に混ぜていく。
水分を飛ばして3、4分かき混ぜていく。苦く香ばしい香りが台所に立ち込める。
さあ、ごはんが炊き上がった。
のせて食べよう。
また、シジュウカラの鳴き声が遠くから聴こえた。


※食味:酸味・苦味・甘味・辛味・鹹味([かんみ]塩からい味)を五つに分けたもの。
※食性:熱性・温性・平性・涼性・寒性と食物の性質を五つに分類したもの。
※帰経:生薬や食材が身体のどの部分に影響があるかを示したもの。ここでいう五臓は「肝・心・脾・肺・腎」の事だが、単に臓器の働きにとどまらず精神的な要素も含まれ、ひとつひとつの意味は広義にわたる。


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