生徒会室の窓を切り取って。

窓から見える景色に心奪われるのは、
何故だろう。

素敵だなと思った景色は、カメラで撮影する、キャンバスに絵を描く、動画で撮影するなど様々な方法で残そうとする。

私の場合、自分の目で切り取って、心にしまい込む景色ほど、何気に一番思い出深く残っていることが多い。


初めてそう思ったのが、
生徒会室の窓を見たときだ。


高校時代、
私は女子校という未知の世界に入った。

 全ては目指していた大学の推薦枠を勝ち取るため。そんな打算的な考え方で入った高校だった。女子校に入った事で、少女漫画で描かれるような、男女の甘酸っぱい青春を味わう可能性はゼロになった。私は「我慢の3年間」なんて名付けて、毎日を過ごしていた。

 大学の推薦枠を勝ち取るための必要な条件として、「生徒会活動への参加」は必須だった。まずは生徒会選挙に何かしらの役職で立候補し、当選しなければいけない。ここをクリアしないと、この先のすべての計画が崩れることになる。様々な駆け引きの中で、私は「書記」という役割で生徒会に入ることが出来た。

 選挙で選ばれたメンバーで生徒会の先輩たちへ挨拶することになった。生徒会室は、校舎2階の階段横にひっそりと佇んでいた。「失礼します。」と緊張気味に足を踏み入れた先に見えたのが、大きな縦長の窓だった。


そこには、窓自体がまるで1つの作品と思えるかのような、雲一つない真っ青な空と新緑の木々が映し出されていた。


 その窓から初夏の風が室内に吹き抜け、テーブルの上に置かれた大量の書類たちがパラパラと音を立てる。いびつで狭い部屋には、あちらこちらに物が乱雑に並べられ、中心に置かれたテーブルに8人の先輩たちが囲むようにして座っていた。

そこで私は初めて、その景色を切り取って、心にしまった。

 よそよそしい私たちを見るなり、「ようこそ!」と歓迎してくれた先輩たちは、隠し持っていたと思われるお菓子をテーブルにサッと出した。校則がかなり厳しい学校なのに、どうやってくぐり抜けたのか、なんて疑問は置いておいて、有り難くお菓子をいただいた。

 生徒会室の窓から見えるあの景色は、教室で見ても方向的に同じなのに、何かが違う気がした。多分だけど、生徒会で過ごす時間が長くなるにつれ、余計そう感じたのかもしれない。

 生徒会室の窓のそばには、古いラジカセが置かれていて、放課後の活動中、いつもFMラジオを流していた。もちろん先生には内緒だ。当時ラジオのランキングでは、Eminemのlose yourselfや、HYのAM11:00が流行っていて、先輩たちが好んで聞いていた。

 生徒会メンバーの中でも、高校生とは思えない色気を放つ1つ上の先輩の定位置が、いつもラジカセの横だった。蒸し暑い風が入り込む夏の放課後、黄昏色に染まる空と木々、そして涼しげな表情でラジオのチューニングをしている先輩。自分の瞳に映るそのシルエットが、とても美しくて「綺麗だなぁ、私もあんな風になれるかなぁ」、なんて思いながら、その景色をそっと切り取って、また心にしまった。

 生徒会の活動で最も忙しいシーズン、それが文化祭だった。私は3年間、舞台ステージの指示係を担当した。文化祭の時期は、ほぼ一日中体育館で引きこもり、舞台袖で緞帳や照明、タイムテーブルの調整など、毎年大量の仕事を熟していく。特に高校3年の文化祭は、記憶が無くなるぐらいの忙しさだった。

疲れ切った体を引きずり、生徒会室へ1時間だけ休憩に行く。休憩は毎年交代制。他のメンバーもみんな働いているから、生徒会室には誰もいない。廊下に漂う文化祭独特の賑やかな雰囲気も、ドアで遮断すれば、別空間の出来上がり。静かな室内には文化祭用の荷物が乱雑に置かれ、足の踏み場もない。

 絶妙に空いた隙間に座り、母の手作り弁当を食べつつ、部屋の大きな窓を見上げる。この日も鮮やかな青空と緑の木々がくっきり映し出されていた。開け放たれた窓から入り込む風は、涼しげで、もう秋の香りがする。毎年一人でこの景色を堪能するのが、密かな楽しみになっていた。でも、この文化祭が終われば、私の生徒会生活も終わりだ。そんな哀愁も心の中に感じていた。

 今ならその景色をスマホで撮って、SNSで共有するのかもしれない。でも、ガラケーしかなかったあの頃は、画面で見るよりも自分の目に焼き付ける方がよっぽど美しい気がした。

生徒会活動は、「我慢の3年間」と名付けた私の高校生活を、最終的に「青春」に変えてくれた。

 先輩たちが卒業して、新しい後輩が入った後も、相変わらず隠し持ってきたお菓子で歓迎したし、ラジオは新しい曲を流し続け、ありふれた恋バナも、くだらない笑い話も、進路の相談も、いつの間にか高校生活の全てが、生徒会室の中に詰まっていた。

そして、部屋の奥で私たち見守っていた縦長の大きな窓は、雑然とした部屋に彩りを加えてくれた。私はその部屋でのたわいもない出来事を、四季ごとに変わる窓の景色と共に切り取り、私だけの思い出として、心に目一杯しまいこんだ。


 高校卒業以降、私は一度も母校を訪れていない。高校時代に対する思いも、もうほとんど残っていない。

 しかし、社会人になった今でも、会社の窓に映るビル群を見て、ふと思い出すのが、教室や部活で過ごすのとはちょっと違う、独特の空間を体験したあの3年間だ。

 男女の甘酸っぱい思い出は皆無だったけど、生徒会室の窓から見えた絵画のような美しい景色と生徒会室での日々は、「私の青春の1ページを彩ってくれた」と言ってもいいのかもしれない。



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