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「おやすみ、東京」を読んで(読書感想文#3)

東京は、嫌いだった。

ギラギラと主張してくる看板、電車やバイクの音に負けじと大きくなる声、鼻にこびりつくような香水と汗と煙草の臭い。ただ歩いているだけでも、クラクラする。

だが、この本と出会い、東京が少し好きになった。

吉田篤弘著『おやすみ、東京』


今日、初めて訪れたカフェで、緊張しながら端から二番目の席に座った。
その机の上に置いてあったのが、この本。

読み始めると、スルスルと文字が頭の中に入ってきて、3時間ばかりで一気に読み切った。


***

あらすじ

東京、午前一時。この街の人々は、自分たちが思っているよりはるかに、さまざまなところ、さまざまな場面で誰かとすれ違っている―映画会社で“調達屋”をしているミツキは、ある深夜、「果物のびわ」を午前九時までに探すよう頼まれた。今回もまた夜のタクシー“ブラックバード”の運転手松井に助けを求めたが…。それぞれが、やさしさ、淋しさ、記憶と夢を抱え、つながっていく。月に照らされた東京を舞台に、私たちは物語を生きる。幸福な長篇小説。滋味深く静かな温もりを灯す、12の美味しい物語。

amazonより引用


読んでいる間はずっと、夢を見ているような気分だった。

東京のあちこちにいる人々が、ふとした時に出会い、
自分を語り、つながりをつくっていく。

今まで、東京は冷たくドライな街だと思っていたけれど、
そうでもないのかもしれない。
実は、ものすごくあたたかい街なのかもしれない、と思ってしまった。

こんな風に思うのも、ひょっとしたら、夢であるからなのか。


二台で正しい時計

この物語には素敵な登場人物が何人も出てくる。
中でもお気に入りなのは、古道具屋の店主。

深夜に営業している変わった古道具屋には、奇妙な道具がずらりと並んでいる。
それも、店主が変わった名前をつけただけの、ガラクタばかり。

例えば、一つの時計に秒針が2本ついている、店主曰く「二台で正しい時計」。

一日に15分遅れてしまう時計の中に、15分進んでしまう時計を仕込んだら、
正しい時刻を示せるのではないかと創られた。

「二台が力を合わせて正しい時間を示しているわけです。」

古道具屋店主

と店主が説明すると、客のアヤノは、

「かならずしも、同じ方を向いていなくてもいいのである」

アヤノ(客)

と感じる。この言葉は、私にとって救いの言葉だった。

人は同じ方向を向いていなくても、力を合わせ、寄り添っていけば、正しい道を歩むことができる
人をまるごと受け入れなくてもいいと、許されたようで、心が軽くなった。
大事なのは、寄り添いたい心だ。

このほかにも、人の弱い心を掬い上げてくれるような商品がたくさん並んでいた。
一度、私も訪れてみたい。


寂しがり屋

この物語には、人生に誰かを求めている人ばかりが出てくる。
みんな、寂しがり屋なんだろう。

偶然にも、本を読んでいたカフェの壁に、文字が見えないように折り畳まれたメモが貼り付けられていた。

それを、破けないようにそっと開くと、
会えないから 寂しいんじゃない。 会いたいから 寂しい
と書いてあった。

この物語に出てくる人たちも、かく言う私も、会いたい人がいるから、寂しくなる。
初めから会いたい人がいなければ、これほど夜も辛くないはずだ。


***


東京は、眠らない街と聞く。
この物語のように、夜の中に生きている人たちも多いだろう。

彼ら、彼女らが、それぞれに会いたい人を抱え、街をさまよう時、
東京は不思議な出会いをもたらしてくれる。

それは、一度は寂しさを紛らわすけれど、また寂しさを運んでくるものだ。

でも、そうやって1日1日をやり過ごすのも、案外、良い。
少なくとも、孤独ではない。

なにより、この物語が寂しい時に寄り添ってくれる。
寂しがり屋の友達と出会わせくれて、カフェのマスターには、感謝でいっぱいだ。


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