相部屋だったトルコ人の彼。
20歳。
居酒屋のバイトで貯めた50万を握りしめ、上京をした。
ペパーミント色の長期用スーツケースをアマゾンで買って、
そこに米や服や当分必要なものを全て詰め込んだ。
選んだのは、高輪台のシェアハウスだった。
当時、高輪台が高級住宅街だとは知らなかった。
ただ、渋谷、新宿までの通学定期が欲しかったからそこにした。
入居した後に、窓がないことに気づいた。
そこは半地下だったのだ。
でも、当時はそんなことどうでもよくて、何よりも上京できたことが嬉しかった。
部屋は、男女相部屋のドミトリータイプ。
プライベートの空間は、ベッドの中だけだった。
二段ベットの上は、山小屋で働いている男性で、
もう一つの二段ベットに、彼がいた。
彼は、日本に留学中のトルコ人だ。
大学生同士、すぐに仲良くなった。
ある日、山小屋の男性と彼と私で、ラーメンを食べに行った。
彼はそのラーメンが好きだそうだ。
私は、つけ麺を頼んで、二人はラーメンを頼んだ。
彼は、山小屋の男性にチャーシューを渡した。
そこで初めて、イスラム教徒は豚肉を食べられないことを知った。
チャーシューのないラーメンを食べて、満足するのか?と思ったけど、彼はとても満足そうだった。
彼は、私にクイズを出した。
「世界三大料理はどこの国でしょう?」
「中国、フランス・・・。あと一つは?」
「僕の国だよ」
私は彼から世界三大料理の国を教えてもらった。
今ではもう、世界三大料理という言葉を見るだけで、彼を思い出す。
たまに二人で夜の散歩をした。
大崎駅に向かう途中に、大きな道路があって、そこを歩くのがお決まりのルートだった。
貨物用のトラックが横切り、彼は言った。
「僕のお父さんはトラックの運転手なんだ」
「そうなの?」
「日本だとトラックの運転手はあまり地位が高くない仕事でしょ?」
「そんなことないよ」
なんて、つまらない返事をした。
いきなり、彼は私を片手でひょいっと持ち上げた。
「力持ちでしょ」
と彼は言った。
いきなり持ち上げられた私は、驚きてドキドキが止まらなかった。
彼は、同じ部屋に男性がいることを周りに言わない方がいいよ、と教えてくれた。
そうだな、と思った。当時は誰にも言っていなかった。
数ヶ月後、私は住み込みでIターンをすることになった。
彼にお別れの言葉を言いたかったけど、
その頃にはもう二人で散歩はしなくなっていた。
数年後、Facebookで彼の写真が変わっていた。
ケンタッキーでバイトをするために、ヒゲを剃っていた彼とは違い、たっぷりとヒゲを蓄えていて、自信が溢れていた。
彼は友人と翻訳ビジネスを立ち上げたようだ。
そういえば、彼はブックオフで日本の小説を、買い込んでいた。
トルコで買うより、ずっと安く買えて嬉しいと言った彼の顔を思い出した。
夜の散歩中に、語っていた夢を叶えた彼を見て、誇らしい気持ちになった。
と同時に、
「あれから私は何が変わったんだろう?」
と焦燥感も出た。
私は、あの時のままかもしれない。
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