しがらまれる日々
はじめまして、志賀らみといいます。
都内でカイシャインとしていきている、20代の、女体を有している、オタクの、知的好奇心の強い、パンセクシュアルの、恋愛市場と、人間と、人間と話すことがすきな、人間です。
いまの自分がメインでつかっているラベルはざっとこんなもんだと思う。
そんな私の脳内の言語化が、このnoteになる予定です。
今年の目標は、何かを「残す」ことと設定して、どうにかここまでやってきました。このnoteを書くにあたって、ブログというのは、いつから意識の高い層のものになったのかと、思っていました。昔はもっと気軽に…と書こうと思ったけど、懐古厨になるのでやめました。本当は、だ・である調の文章の方が好きだけど、とりあえず今日のところはですますで書きます。
以下、おしゃれな編集も画像もない、ご挨拶です。
早速自己紹介をしたけれど、わたしは自己紹介をするのに割と困らないタイプだと自認していて、自分に貼るラベルのことはすらすらと出てくる方の人間です。
一方で、時にそのラベルによって「こうあらねば」という強い意識(=規範)や「こうなのでは」という他者からの憶測(ときにスティグマ)が働き、それが本来の自分の意思と反発しあうと、強いストレスがかかることがあるので、自己のラベルを発信することは難しいなあと思うこともあります。
そういった、自己のラベルに付随する、「規範」が、「しがらみ」で。
私はここ数年間自覚的にこいつと向き合っています。
私はたぶん比較的多くのしがらみにとらわれていて、同時にそのしがらみを自覚している厄介な人間のひとりです。
物心ついたころから常にわたしのナカにはふたりの自分がいて、一人がわたしの感情を、一人がそれが第三者から見たときにどう見えるかを、大きな声で叫び合っている。そんな状態を続けています。自分で自分を苦しめている。
大なり小なりこれはどの人間にもあることだと思うのですが、私は割と自覚的にこれと向き合っていて、そして、最終的には、「私の感情」を認めてやりたいと思っています。
私の周りを含めて、世の中には優しくて素直な人が多いから、周囲のことを考えて、自分の気持ちよりも規範を優先していたり、
規範に自分の気持ちを合わせてしまっていたり、はては自分の気持ちに耳を貸さなくなってしまっていることが多いなと、周囲からの相談を聞くなかで感じます。
私は勝手ながら、できれば、そんなやさしい個人が、もう少し自分を大切に、自分の気持ちに耳を傾けやすい世の中になったらいいと思っています。本当に、勝手ながら。
女だからこう言われても仕方がないのだ とか
親を安心させるために結婚しなければ とか
変な人と思われるからこの趣味は隠そう とか
上記も本当に自身が納得した上での戦略であれば良いのですが、
本当の自分の気持ちがよくわからないまま、規範にあわせて自分で自分の口をふさぐような状態なのであれば
できればそうでなくいられる状態になってほしいと、思っています。
そんなエゴまるだしの私も、まだまだたくさんのしがらみに縛られているのですが、
それについてここで吐き出したり、脱却する練習をしたりして、
もしこれを読む人がいて、その人の励みになったりしたらよいなと思い、ブログをはじめることにしました。
ブログをはじめるにあたっても長い間しがらみにとらわれていて、
いざブログを書こうと思うとブログとはなんのために書くのか、
なにかのために書こうとするのであれば大義名分が必要だと悶々としてしまい、行動にうつせない自分がいたりもしました。おしゃれな画像とか漫画とかかけない、かくなら気合を入れねばと勝手にハードルをあげていました。でもそれじゃはじまらない。ということで、はじめます。
わたしはTwitterもやっているのですが、いいこといっぱい書いていると思うんですよね。過去の私、面白いこと言ってるなあと思うことがしょっちゅうある。そういう思想を掘り出しやすくするために、ここもうまく使えたらいいなあと思います。あとは私のまわりの、性に関するラベルが原因で、本来しなくていい苦労をしている人へ、はては、私の知らないどこかの誰かへ、届いて、ひとりじゃないんだ、とかそれだよ!とか思ってもらえるものになったら、それはなおうれしいなあと思っています。
テーマはたぶん、私の興味関心のある、ジェンダー、セクシュアリティ、恋愛市場、オタク文化、になるとは思います。
美味しく食べれる人がいたらうれしいし、おなかを壊しそうな人は無理に見ないでほしいと思います。
ということで、がんばってつづけます。がんばるぞ。
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