バラと錠剤(2/15) 〜アメリカ人との交際の物語

話は上野に戻る。
なるほどと思いつつ、キリスト教の地なのかな、と疑念に駆られたタク。さして重要な点でもなかったし、言葉尻をとるようで気が引けたので、 何も言い返さなかった。 ホイットニーの日本語力は、英語で例えるなら、ハロー、ノープロブレム、といったレベルなので、二人の会話は英語だった。 タクには、受験英語しか下地のないまま 20 歳を過ぎ、そこから 1 年間留学した程度の英語力しかない。ホイットニーに英語の言葉尻を取ら れたら実もふたもない。無意識のうちにブレーキを踏んでいるのだろうか。そんなことを耽っていると、どこか中傷しているともとれる、なんと も半端な笑みがタクを襲っていた。
理路整然と話すとき、聴き手に与えてしまう圧力がある。この圧力の起源には、話す態度が威圧的といった単純明快さはない。現実を直視 し、理詰めで解釈し、歯に衣着せぬまま言葉を放つときにこそ起こりえる、的を射てみえればみえるほど、聞き手にあたえやすい。好んで人 に圧力を与える気はない。だからといって相手にあわせて取り留めのない話を続けるのにも抵抗がある。

「機械仕掛け」

相手の心を開くことができない未熟さをもって その内側がつまらないからだとは開き直らない

でも、
開かないやつは取り留めもなく 行動しようとプログラムされたつまらない機械仕掛
時間は有限

機械になろうとする奴らとプライベートを 共に過ごすほど暇じゃない 暇になりたくない

素直な人といると、感化される。学べることも多い。嘘は無限大に拡散するが、本音はその人に収斂していく。大学の友がタクの態度を横柄 だと感じ、あらためろと非難し、その反動でタクが書いた詩だ。思ったことを面と向かって言ってくれる彼だからこそ信頼し惹かれている。そん な彼に納得のゆく台詞を言えそうもない焦燥感と、そんな生き方を選んだ意志とが、一向に噛み合わない歯車のように見えてくる。タクの心 は、ちり紙のように丸められ、頼りもとなくちぢこまっていった。無垢な子供の残虐な一言に、畏怖の念を抱くような面持ちで、実直で明快な人 の一言は、ときにタクの心をガラスにかえる。素直な奴に、素直な態度をとり、その素直さをもって、僕の素直さを改めろと忠告される...友と タクとの狭間には、言葉で埋められやしない歪みが横たわっていた。友の五感には決して語りかけることのない、そんな歪みが。

上野動物園に行きあたった。時計を見ると 3PM をちょっと過ぎたところ。5PM 閉園で、まだ時間に余裕がある。二人とも興味があったので動 物園に入ることにした。偶然にも二人にとって小学生のころ家族と行って以来の動物園だ。タクは当時よりむしろ、今回のほうが楽しめた気 がした。動物園は大人が子供を喜ばせるために連れて行くものだと思っていたので意外だった。また来てもいいなと思った。

「都会に埋もれている私たちの生活環境の中で、たまにうんこくさい場所もいいわね」

つとにホイットニーが呟いた。

「うん、気分転換になっていい」

タクはうんこくさいのが嫌で、動物園がさほど好きになれなかった過去を思い出した。園内でやたらに歩かされるのも嫌だった。どうも、当時 は今よりよっぽど老けていたのかな、と思った。

タクにはゴリラが印象に残った。おそらく、この動物園内では、もっとも知的な動物の部類だろう。知能に相応したかたちで、彼らに一番のス ペースを割いているのかもしれない、と、思っている折、一匹のゴリラに目が釘付けにされた。

「あそこ見て」

オス一匹とメス二匹が檻の中にいた。タクは、その丘の中央に座っている一匹のメスを指差した。

「あのメス、あんなところを触っているよ。あれしているのかな?」

「ほんとだ、しているわね」

「子供が『お母さん、あのゴリラ、何をしているの』、って聞いてきたら、何て答えれば的確なのだろうね。」

と耳元でささやいた。

「マッサージ」

軽快に微笑んだ。

そのメスの行為に気づき、笑っていた他の女性たちとは対称的な笑い方がやたらとタクの印象に残った。

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