見出し画像

自然歌

音楽とはなんだろうか。いや、「素晴らしい」音楽とはなんだろうかと考える。
当然、その「素晴らしさ」は人によって尺度が異なる。では、誰にとっても「素晴らしい」音楽は存在し得ないのだろうか。
いつも朝に散歩をする大きな公園がある。カフェラテを片手に、その大きな公園を1時間かけてゆっくり歩く。自分の小さな足音が最低限聞こえるように、そして、自分がここに存在していることを確かめるように、ゆっくりと歩く。
落ち葉を踏むしめる音、風で葉と葉が擦れる音、人と人との他愛もない話し声。それらの音に耳を傾け、自分の体の力みを捉えながら歩みを進める。
ゆっくりと歩く自分を一人の女性が追い越していった。早足でなければゆっくりでもないその歩み。散歩にしては堅めな、いや、散歩にしては仰々しい服装で、顔はやや俯いている。かといって、暗い雰囲気はなく、明るい雰囲気もない。
その女性が私を追い抜く時に確かに聞こえた。
その女性は歌っていた。
しかし、それはあらかじめ用意されていた歌ではなく、何かに反応して思わず歌ってしまった、という歌だった。
歌おうとして能動的に歌ったのではなく、思わず身体から漏れ出してしまった歌のように聞こえた。これほど歌うということが自然であると感じたことがなく、思わず「あっ」と声が出てしまっていた。
「思わず歌ってしまった」という衝動こそが歌そのものなのかもしれない。
もしも「素晴らしい」音楽があるとしたら、それは衝動に宿っている。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集

ピックアップされています

エッセイ

  • 11本
自然歌|moimoi