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《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第83話

九月六日(金)

 投票用紙が届いた。

 ペンギン候補とグリズリー候補はカピバラ駅の北口で、バイソン候補は南口で主に活動をしている。
 選挙演説はカプバラ駅の線路を境に白熱している。

 さて、私は一体、誰の名前を書くべきだろうか。

 そうぼんやり思いながら、投票用紙とともに届いていた下水道使用料の領収書に目をやる。

 安い。

 金額がいつもより安い。
 慌てて、釜場を確認する。
 何も流れていない。

 釜戸の給水ホースのコックを開ける。
 何も流れてこない。

 止まった。

 ぬるま湯が止まった。

 足元から力が抜け、ひゅるひゅるとその場にへたり込んだ。

 これでいいんだ。

 このまま民泊をして、収益を上げて、ジンベエザメらの新東名の工事が終わったら、それまでの収益を露天風呂の解体費用に充てて、そうすれば、土地を売れる。

 相続に備えられる。

 これで終わるんだ。

 そうすれば、新ターミナル駅のために土地を売らなくて済むし、新ターミナル駅が無ければスタジアムもちゃんとできないし、温泉も出なくなったし、今まで通りに戻るんだ。

 そう。今まで通りに。何もなかったように。

 これで終わるんだ。

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