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《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第82話

九月一日(日)

 対向車はあれど、海岸がよく見える。そろそろ江ノ島が見えてくるはずだ。

 今日は、現場の工程の都合でジンベイザメらは、まとまった休みとなったらしく、母屋からその期間だけ出て行ったので、私も休むことにした。駆けつけ要件もなくなり、久々の外出だ。
 ビーバーのアメ車は左ハンドルだから、私の座る助手席は海を望める特等席だ。

「そういえば、シロクマから喧嘩したって聞いたぞ。大丈夫か。」

 あのときの私は、取り乱していた。反省していると伝えた。

「笑っていこうよ。モグラのことは、笑って許してやろうよ。」

 ビーバーは続ける。

「誰も死にたいと思って死ぬわけじゃないんだ。とんでもない絶望だったんだ。
 自分も含め誰一人も愛してくれる人がいないと思って死んだんだ。
 だから、俺たちはその過ちを許してあげなきゃ。
 迎え入れてやらなきゃいけないんだ。
 そりゃ、間違いなく過ちだし、みんな怒らなきゃだめさ。
 けどさ、死んだ人のことをなんでさらに責めるんだろう。
 あたたかく迎え入れてやろうよ。
 それが、生きてる時にできなかった俺たちのためでもあるんじゃないかな。」

 アメ車なのに、ビーバーのカーステには関白宣言が流れている。
「さだまさしっていいよな。俺好きなんだよ。最後がいい。」
 と、言う。
「だからさ、やりたいことやろうよ。
 それが、モグラのためでもあるんじゃないかな。」
 
 ビーバーはスキンフェードがよく似合う。

 その見た目から想像できない曲の趣味は置いといて、なんだか勇気をもらえた気がする。
 ありがとう。

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