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《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第52話

五月二日(木)

「しかし、他方から見れば公害の発生場所として、イグアナ地区は他の地区に迷惑をかけているという、厳しい言い方ではございますが、そのような実情もございます。
 それを踏まえ、ここにみなさまの誠意を、まずはお見せしていただきたい。
 お願いいたします。」

「この土地を守ってきたみなさま、本当に申し訳ない。」

 無音だった。

 冷たい視線。諦観。そういったものを感じる。
「お爺さんは立派な人だった。なのに、こいつは!」
 そういう組の人からの憤りも感じる。

 何か言わなければならない。どう言おう。今後どうしていこう。


「私が、私でなんとかします。」


 咄嗟に湧いて出た言葉だった。

 あんだけ恨めしいと思っていたが、この土地の重い襷を担うものとして、今まで走って繋いできた人たちへのメッセージだった。

「どうするんだ! どうしてくれるんだ!」と、イグアナ地区の農家の一人が言う。
 イグアナ地区の農家でこのままでは稲作ができなくなると被害を訴えているのは全員で三名だ。

 あなたがたに言ってるんじゃない。

 このままではできない。できない。と、言ってばかりで、あなたたちは何もしていない。

 まだ、田んぼに水さえ張っていないじゃないか。


 ん。まだ、田んぼに水さえ張っていない。

 と、言うことは、だ。

 まだ、用水時期ではないんだ。

 まだ、ぬるま湯は田んぼに流れ込んでいない。


 そうか。 そうだ。
 pHも下がったんだ。
 塩水であれば問題ない。


「下水道に排水します。すでに塩害があった箇所には、除塩作業も行わせていただきます。
 大変ご迷惑をおかけしますが、下水道工事が終わるまで、一週間程度、用水の入水は待ってほしいです。
 お願いします。」

 そう謝罪した。

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