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《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第53話

五月八日(水)

 モグラが泣いている。鋼材の窪みにお尻を挟んで体育座りして泣いている。
 モグラは今日急遽、交通誘導員をやることになった。発注者が抜き打ちで検査に来たが、元請けが交通誘導員をしっかり手配してないもんだから、モグラがやる話になった。
 現場監督のモグラがいないと、現場は緩む。
 だからモグラの下請けの、俺とは違う会社の作業員が手を抜いて危ない作業をやり出した。
 あまりに手を抜くもんだから、モグラが怒鳴った。

 ただ、あいつは時と場所ってもんを選ぶのが苦手だ。
 発注者の前で、怒鳴っちまったらダメだろう。
「交通誘導員が作業員に怒鳴る現場なんてあるか。」
 と、言うことで、後から元請けに怒られて泣いていた。

 なんともモグラらしい。

「あんまり気にすんな。
 お前は、なすべき事をなしたんだ。」

 周りの目とか気にせずに、人の命を大切にしたんだ。
 俺たちのやってることは、誰にでもできる仕事だ。
 この仕事に給料が出るのは、つらくて命の危険と隣合わせだからだ。
 指なんて簡単に飛んでいく。
 だから、金もらってるんだ。
 けどな。金もらってるからって死んでいいわけじゃない。

「俺たちは人間だぞ。」

 みんなでお互いのこと見つめあって、気を付けあって、無駄な死をなくすんだ。
 人が死ぬのは、怠けて手を抜いている時と、何か悪いことが起きた時と、焦っている時だ。
 そういう時こそ、みんなお互いのことを見なきゃいけない。
 それが現場のマナーだ。
 お前は、その最初ができた。
 これは、なかなかできないんだぞ。
 だから、俺は今、話してるんだ。

「ありがとう。」

 そう言う監督さんの時は、やりやすいんだ。

「モグラは段取り悪いし、こき使うけど、頑張れるってもんよ。
 けど、俺んとこ給料低いんだよなぁ。それを文句にしちゃいけねぇな。」

 

 夢だった。

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