《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第32話
四月十六日(火)
モグラがびしょ濡れで慌てて母屋の玄関に飛び込んできたのは、昨日の夜の出来事だ。そんなことがあったので、今日のモグラは縁側で抜け殻のようにぼーっとしている。
モグラがやらかした釜場の爺さんの仕事はこうだ。ひたすらに薪をくべ、大鍋を六杯も沸かす。大鍋は三つしかないため、二回ずつ沸かす。
モグラは忘れっぽいので、釜戸の近くの塀にはラミネートされた配合表が一枚貼られている。内容はこんな感じでジンベエザメが作ってくれたものだ。
だが、この日は外気温が低かったのか、なかなかうまく調整できず、臨機応変が苦手なモグラは、熱すぎたり冷たすぎたり、量が多かったり少なかったりと、とにかく調整に手間取った。
そうこうしているうちに奥さんが入って来てしまった。
釜戸の裏から飛び出してきた挙動不審な汗だくの男性に驚いた奥さんは、お湯をモグラに浴びせ、このような事態となってしまった。
奥さんの怒りはなかなか収まらず、私が釜場を引き継ぎ、事態はなんとか収まったが、奥さんの周りだけお湯がグラグラと煮え立っているような感じがして仕方なかった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?