風鈴を鳴らすのは #シロクマ文芸部
風鈴とて暑さにやられているのだろうか。
無風の縁側では当然か。
涼し気な音色を響かせることもなく、ぐったりとしているような気さえする。
「だよなぁ」
誰に言うでもなく呟いて、持っていたうちわで風を送ってやると、チリンチリンと音を立てる。
だけど、もちろんずっとそうしていられるはずもない。
僕自身も暑さに負けて早々に部屋の中へと引き返す。冷たいクーラーの風でやっと息ができる、そんな気分にさえなる。
ここは亡くなった祖母の家だ。今は誰も住んでいないけれど、僕はここが気に入って、『仕事部屋』と称して月に何度か訪れる。大きな家ではないけれど、『仕事部屋』と呼ぶにはもったいない立派な造りの家。
縁側は特にお気に入りだ。
さすがにこの暑さでは、日中にそこに居座ることは困難だけれど。
クーラーの偉大な力によって快適に保たれた部屋の中で仕事に手をつける。
いつの間にか没頭していたらしい。
風鈴のチリンチリンという音にハッとした。
時計は夕刻あたりを示している。
少しは風が出て涼しくなっただろうか。
一旦仕事を切り上げて、縁側に出る。
そして僕は思ってもみない光景に思わず息を呑んだ。
幽霊だ。幽霊がいる。
ぼんやりと、だけど確かに人のかたちをしているそれは、きっと、いや、間違いなく幽霊だ。
嘘だろ、と思いながらも目を凝らす。
そして、あることに気付く。
幽霊が、風鈴を鳴らしている。
再び嘘だろ、と思いながら近づいた。
幽霊と、目が合う。
しばし無言で見つめ合う形になってしまった。
チリンチリンと、幽霊が鳴らす風鈴の音だけが響く。
「……幽霊、さん……?」
話が通じるかもわからないけれど、僕はつい話しかけていた。
「えっ、あなた、私が視えるんですね」
驚いた表情を浮かべながらも幽霊が返事をする。
「あー、えっと、まあ、あなたのことは見えてますね、とりあえず」
僕は別に『視える』体質ではない。だけど今、縁側にいる幽霊は視えている。
「驚かせてしまってすみません」
「いえ、驚いてな——、いや、驚いてはいますけど。ばあちゃん、じゃ、ないよね?」
状況が飲み込めているような飲み込めていないような。だけど僕はどこか冷静に幽霊に質問している。
「ええ、ここの主さんではありません。ここの主さんは、おそらくもっと上から見ておられると思います」
「はあ……」
そうですか、と返事をしながら、やっぱりわかるようなわからないような状況だ。
「じゃあ……、あの、あなたはどこの幽霊さん?」
「どこの、と聞かれても私もよくわからないので答えられないのです」
そういうものなのだろうか。あまり深くつっこまないでおこう。
「というか、風鈴、鳴らしてました?」
その質問には、はい、と端的に答えが返ってきた。
「どうして、風鈴を?」
今、一番不思議なのは、僕がどうして彼女が視えるかとか、話ができるかとか、そんなことではなかった。
なぜ、幽霊が、風鈴を、鳴らしているのか。
「幽霊って、人を怖がらせるものでは?」
この質問には、少し複雑そうな表情を浮かべる。
幽霊も案外表情豊かなのかもしれない。
「あなたは、違うようですね」
「私は——、私たちは、別に誰かを驚かせてやろうという気持ちがあるわけではないのですが……。そうですね、一般的には私たちは怖がられる存在ですよね。ですが、最近は科学の進歩や、この異常な暑さもあり、私たちではあまり涼を得られないようでして」
そうなのだろうか? 今でも心霊番組は一定の需要があるとは思うけれど。
まあ、現に今の僕は彼女を怖がってはいないけれど、それはなんだか状況がよく飲み込めていないせいもあるだろう。
「そこで、こうして時々風鈴を鳴らして涼を提供しているのです」
「……なるほど」
結論に達した理論はよくわからないけれど、風鈴を鳴らしている理由としてはわかった。
「風鈴には魔除けの意味もありますので、私が言うのもなんですが……、“よくないモノ”は風鈴を鳴らそうとした時点で吹き飛ばされてしまいますし」
「風鈴の効果って、すごいんだね……」
「あなた様はここが気に入っているようでしたので、僭越ながらお手伝いをさせていただきました」
なぜだか僕はあっという間にこの幽霊さんに好感を抱いた。
幽霊が風鈴を鳴らしているなんて妙なシチュエーション。
普段視えるはずのない僕に視える幽霊さん。
話ができる幽霊さん。
僕はなんだかおかしくなって笑ってしまった。
それから僕が祖母の家に滞在している間、幽霊さんは毎日風鈴を鳴らしに来てくれた。
#シロクマ文芸部 企画に参加しました。
私はお化け/幽霊が苦手なんですけどね、
こんな幽霊さんなら……、いや、やっぱり風鈴鳴らす幽霊さんっていうのもある意味ちょっと怖いかもしれない。
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2024.08.04 もげら
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