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【短編小説】#002:モザイク ― Episode3:余光(よこう)

★短編小説 #002:モザイク ☆もくじ (全5話)

・Episode1 : プロローグ
・Episode2 : 薄片(はくへん)
・Episode3 : 余光 (よこう)(← いまココ
・Episode4 : 残響(ざんきょう)
・Episode5 : 遥遠(ようえん)

*バックナンバー*
#001 : グッバイ!タモリ倶楽部

Story

(Episode2 : 薄片(はくへん)のつづき)

「…それがね…亡くなったんだって。」
高校のクラス会でいつも幹事をしてくれているミユキに頼んでいたカナコの消息は、私にとって全く思いもよらない結果だった。

普段は明るく少々耳障りがするほどのハイトーンボイスで滝が流れるように話すミユキが、なぜかゆっくりとこちらを探るように話をする様子に、言いづらいことがありそうだと直感的に思ったが、それは消息が掴めなかったというような話だろうと想像したところで…この結果である。

「えっ?」
しばらく返事ができずにいたが、我々が大学3年の時に亡くなった話を聞いて、私の頭の中は時代を一気に遡り、あの時のカナコに体調不良などの様子が見られなかったか必死に思い出そうとした。
とりあえず、ミユキへの返事を振り絞って出すと、さらにミユキの声は小さくなり、
「とても話しづらいのだけれど事故死らしいの。…しかも、自死に近い…。」
「え?じしにちかい…?…事故死って…。」

「もしもーし!!聞こえる?聞こえてる?」
懸命に平常心を保とうとした気力が消失してフリーズした私が我にかえったのは、スマホからミユキの大きな声が飛び出したからだ。
「あ…ごめん。あまりにも驚いちゃって…。」
とにかく、冷静になろうと自分に言い聞かせ、会話に集中するよう受話器に意識を向けた。

「でね、ヨリコが柳井さんのお母さんに連絡した時に、あなたが柳井さんの消息を確かめたいっていう話をしたそうなのよ。だって、別に仲が良いわけじゃなかった私や、ご近所だけれど柳井さんと個人的に親しかったわけではないヨリコから30年以上ぶりに“加奈子さんがいま、どうしているか知りたい”なんて言えないでしょ?ヨリコにはあなたの名前を伝えていたので、カナコさんに連絡を取りたいっていう話をお母さんにしたそうなのよ。それで、亡くなったことを聞いたんだって。…でも、不思議よねぇ、柳井さんとヨリコの家はそんなに離れていないのよ。ご近所なのに柳井さんの消息が分からなかったなんて…。」
珍しく落ち着いた口調のミユキだったが、話をするうちにどんどんペースアップして、いつもの彼女の様子に戻っていった。
「でね。柳井さんのお母さんは、ヨリコからあなたの名前を聞いたら何か思うことがあったみたいで伝言を預かったそうよ。『お時間のある時に、家に来ていただけませんか?』って。」
「え?…わたしが?」
「そう。あなたに来て欲しいそうよ。」

何故、カナコの母親が私の名前を知っているのだろう。私と彼女の間には、高校3年の英語の授業が自習になったあの日ぐらいしかエピソードは見つからないのに…。
ミユキは私にカナコの実家の住所と連絡先を伝えると、
「私はちゃんとあなたに伝えたからね。必ず、柳井さんのお母さんに連絡をしてね。」
と念を押され、通話を切った。
短時間での情報量が膨大で私はしばらくボーッとしていたようだ。夫が帰宅しリビングに入ってくる音でハッと我に返った。

***

私が暮らす東京の自宅からカナコの家までは車で3時間ほどかかる。祝日を絡めた3連休に実家の片づけの続きをするために帰省する予定があったので、そのついでにカナコの家を訪ねることにした。いくら招かれたとしても突然訪ねるのはさすがに失礼だと感じた私は、前の週の日曜日にカナコの家に電話をした。

「はい、柳井です。」
受話器からか細い声が聞こえてきた。
連絡が欲しいと言われながらもカナコの件を知って、なんとなく電話しづらかった私はおそるおそる自分の名前を出し、今回のいきさつを簡単にカナコの母に伝えた。すると、
「三田さんちのヨリコちゃん、ちゃんと伝言してくれたのね。ご連絡くださって嬉しいわ。」
受話器に出た時に比べて明らかにテンションが上がった様子が伝わってきて、私はホッとした。ここで、カナコの話題について何か出したほうが良かったのかもしれないが、かける言葉が見当たらなかったし、彼女の母親もあえて話題に出さなかったので、お宅を訪問する約束を取りつけると早々に会話を切り上げた。電話を切る直前、カナコの母親は、
「楽しみにお待ちしているので、気を付けていらしてね。」
と、念を押すように言った。

***

私たちが公立高校を受験する際には通学可能な学区制があったとはいえ、私の実家とカナコの家は、高校を中心として西と東に相対する場所にあり、しかも、お互いに高校のある学区の隣接学区であったために、距離はかなり離れている。
ミユキからもらったカナコの家の住所と電話番号が書かれたメモを手に、私は車のナビに情報をインプットすると、彼女の家に到着するまでは約50分程度かかるようだった。

せっかくの機会なので、中間地点にある母校に立ち寄ることにして、カナコの母親と約束した時間よりも2時間前に実家を出発した。
高校の頃は片道20分の電車と約15分の徒歩通学だったのでそれほど遠い感じはしなかったが、車で行くとなかなかの距離がある。

母校は創立120年を記念して校舎のほとんどを建て直したために、自分が通っていた学校とは思えないほど雰囲気が変わっていた。変わらないのは、校門の脇にある銅像と校庭の東側にそびえ立つ楓の大木、そして体育館ぐらいだ。当時、最も若かった体育教師が同窓会に来た時に「3年前に定年退職した」と話していたから、知っている人は誰もいないだろうし、五十過ぎの見知らぬ女性から突然「実はOGです」と言われても困るだろう。私は校舎に入らずに、校門から校庭に向かう道を歩きながら懐かしい体育館へ向かった。

休日だというのに体育館ではバスケ部とバレー部、2階のスペースでは剣道部が練習をしていた。母校は生徒のほとんどが大学進学する高校だったが、受験のための高校生活というようなカリキュラムなどはなく文武両道を掲げていたので、多数の生徒は何かしらの部活動に所属していた。今は塾を優先した帰宅部の生徒も多いだろうが、生徒たちの様子を見ると部活動は相変わらず活発なようだ。
体育館の中は、舞台に向かって右側には当時からあった卒業記念に作られた校歌の歌詞の彫刻があり、左側には『インターハイ出場』や『全国コンクール入賞』などの懸垂幕が掲げられている。
体育館後方の入り口のすき間から内部を覗いていた私には誰も気にかけることなく、生徒たちは熱心に練習に励んでいる。高校になっても保護者が積極的に参加するような時代だから、どこかの熱心な親が子どもの部活の見学をしているようだと思われているのだろう。それにしても、35年と少し前、私もこの中の一人だったと思うと感慨深い。

カナコとの記憶が残る教室があった場所はすでに取り壊されて武道館に変わっていた。近くまで行ってみると入口脇にある定礎看板には10年前の4月1日と書いてある。高校に足を踏み入れても、私にとってカナコとの思い出の地は消滅していた。

10年前にカナコの名前を聞いたら私は思い出せただろうか。
彼女に対してとても申し訳ない気持ちがこみあげてきたが、私にとってこの35年は自分のことで精一杯だった。結婚して家族が増えれば自分のことはおざなりになるばかりで、我が身に紐づく記憶はどんどん消えていった。振り返れば、高校生活はこれまでの人生の中のたった3年間である。自身の経験を想い出の箱に入れられるキャパのない若い頃なのだから大半を忘れてしまっていても仕方ない。

懐かしい高校を後にしてカナコの家に向かう。彼女の家は静かな住宅街の中にあったが敷地はこのあたりの2軒分ほどあり、母屋を囲んで広い庭の隅に小さな離れのような小屋が建っていた。さすが両親ともに医師なだけに、周囲から少し浮いて見えるほど広く立派な家だ。

近くのコインパーキングに車を置いて、メモに書かれた番地が表示してある電柱の横にある広い家の前に着いた私は、『柳井』と書かれてある表札の下にあるインターホンのボタンを押した。少し待つと、
「はい」
と聞こえてきた。カナコの母親だ。私が自分の名を言うと、ガチャッと門扉の鍵が外れる音がした。
「どうぞこのまま玄関からお入りください。」
私は門をくぐりその先の玄関へ足を進めた。

玄関に着くタイミングでドアがゆっくりと開き、中から白髪の女性が顔を出した。
「よくお越しくださいましたね。どうぞ上がってください。」
ドアはさらに大きく開かれ、私はそのまま家の中に導かれていく。

●Episode4:残響(ざんきょう)へつづく

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