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【短編小説】#002:モザイク ― Episode1:プロローグ

★短編小説 #002:モザイク ☆もくじ (全5話)

・Episode1 : プロローグ(← いまココ
・Episode2 : 薄片 (はくへん)
・Episode3 : 余光 (よこう)
・Episode4 : 残響(ざんきょう)
・Episode5 : 遥遠(ようえん)

*バックナンバー*
#001 : グッバイ!タモリ倶楽部

Story

高齢の親を手伝うための帰省が増えたのを機に、実家の断捨離を始めた。

家を出てから四半世紀以上も経つと、実家とはいえよその家に来たような感覚になる。子どもが独立し、夫婦二人の生活になった実家はスッキリとリフォームされ、私が使っていたものはほとんど無くなった。私が子どもの頃に使っていた2階の小さな部屋は納戸に変わっていて、なんだかよくわかない物が所狭しと置かれている。

順当にいけば、親がいなくなった後の実家の整理は私が担うことになる。思いが込められた物を一気に捨てるのは忍びないので、家主である両親が元気なうちに不要なものはどんどん片付けて欲しいと言っていたが、もったいない精神を美徳としてきた親にとって物を捨てるというアクションはとてもハードルが高いものなのだろう。
私が実家で暮らしていた時に使っていた物はもう残っていないと思っていたが、本棚の脇にあるクローゼットの奥をチェックすると、白い段ボール箱に収められた私の学生時代のノートや教科書が出てきた。
よくもまあ残していたものだと感心しながら、それらをビニール紐で束ねていると、地図帳と歴史資料集の間にから、B6判くらいのファイルがポロリと落ちた。

背表紙に『3年C組』と書いてある。表紙をめくってみると、角に2穴開けられたハガキサイズのカードが綴じられている。1枚目のカードに貼られたクラス写真の面々を見ると、これは高校の卒業式前にクラスメイト同士で交換したいわゆるサイン帳だということが分かった。
(懐かしいなぁ…)と思いながら、私は作業の手を止めてカードに書かれているメッセージに目をやった。

親しかった友達、同じ部活の仲間、ちょっと気になっていた男子…35年以上も経つ遠い昔のことだが、手帳をめくるごとに思い出が蘇り、自然と笑みがこぼれる。十代後半の自分が歩んだ道で出会った人、経験した出来事…楽しい思い出で気持ちが緩み鼻歌が出てきたところで、あるページに手が止まった。

“いつも明るい美乃里へ…”
—面白い話で楽しませてくれてありがとう。
受験の時はしんどかったから、美乃里のおかげで救われたよ。
卒業しても仲良しでいてね。
カナコ♪—


「カナコちゃん……って誰だっけ?」
私のおかげで救われたと書いてあるからそれなりにコミュニケーションをとっていたはずなのに、どうしても思い出せない。『卒業しても仲良し』って書いてあるのに。私は自分のことを薄情だと思ったことはないが、“カナコ”という名前に引っかかるものがなかった。

少なくとも、高校卒業後にカナコとの交流はなかったはずだ。あれば絶対思い出せるはずだから。
彼女のことを思い出そうとすればするほど気になってしかたなくなった私は、本棚の奥にしまい込んだ卒業アルバムで確認することにした。

(3年C組…。えーと、ここはB組…次のページか…。)
高校時代の自分の姿を見るのはとても恥ずかしい。こんな顔をしていたっけ?と思うほど、遠い昔の私は現在とは全く違う。素朴な田舎娘。今の高校生とは全く違って化粧なんてしないし、髪の毛だって無造作に束ねる程度だ。恐ろしいほどにダサい。
「げっ…。やだやだ…。」
独り言をいいながら、さっさと自分の顔から目を逸らし、『カナコ』という名前を探した。上段の左端から一人ずつ、懐かしい顔と名前を見ると心の中はみるみる高校時代に引き戻されていく。やがて、
「あっ…。」
アルバムの見開きにズラリと並んだ顔写真の最下段の右から3番目に『柳井加奈子』という名前を見つけた。
「柳井加奈子さん…。カナコ…さん…。」
「あ――!!」

柳井加奈子は、高校3年の2学期の後半に、たまたま私の隣の席に座っていた子だった。高校3年生は大学受験を控えているので受験勉強に集中したい者は欠席をしても何も問わない学校ということもあり、2学期の後半になると教室の半分以上は机だけの淋しいクラスだったことを思い出した。
顔と名前が一致した途端、隣に座っていたカナコの姿が私の脳裏に浮かび上がった。当時の私は自宅にいるよりも学校のほうが楽しかったし受験勉強に集中したいほど熱心ではなかったので、欠席することなく登校した。そういえば、カナコもほぼ毎日学校に来ていた。

12月に入ってすぐのことだったと思う。英語の先生が風邪で休んだので自習になったときに、いつもは熱心に勉強をするカナコが、珍しく私とのおしゃべりに夢中になったことを思い出した。親しい友達がいる様子を見たことがなかったし、優秀なカナコは難易度の高い大学を受験するだろうから、自宅で勉強するほうが効率がいいはずなのに、どうして学校に来るのかと疑問に思った私が、なんとなく彼女に話しかけたことがおしゃべりのきっかけだったと思う。

「家にいると親がうるさいから、学校に避難しているの。」
そう言うカナコに、
「だよね~!ウチの親は私のひどい成績を知っているから今さら勉強しろとは言わないけど、代わりに家の手伝いばかり言いつけるのよ。それなら学校に来たほうがましよ。この時期になれば授業中に寝ても先生は何も言わないし、学校にいるほうがラクだもん。」
私はそんなことを言いながら強く共感した記憶がある。振り返れば共感というよりボケといったほうがいい。

カナコは大人しくて目立たないタイプで親しい友達がいる感じもなく、休み時間はだいたい本を読んでいるような子だった。
高校で行われる模試の結果は最下位まで廊下に掲示するのが通例で、いつも上位10名の中に『柳井加奈子』の名前があった。最下位から探したほうがいい場所をキープしていた私とは大きく違って、彼女はいつも余裕があるように見えていた。自宅学習するほど切羽詰まっていないから学校に来ているのだろうと私は勝手に思っていたのだ。

自習になった英語の授業が終わって昼休み時間になったが、私はなんとなくそのままカナコを放って仲良しの友達が集まる学食に行く気にならなかった。普段あまり話さない彼女が珍しく自分のことを話しているのに中断しては申し訳なく感じて、このまま二人で弁当を食べながらおしゃべりを続けることにした。

お腹が空いた私は、弁当箱とは別にカバンの中からお菓子を取り出して、ひとつ彼女に渡したことまで思い出した。
「カナコちゃんは勉強ができるから、学校を休む必要がないもんね~。」
羨ましいなぁという顔で話す私に、
「違うわ、そんなんじゃない。家にいると…息ができなくなるの。」
彼女の顔が急に暗くなって、私はマズいことを言ってしまったと反省した。
「ゴメン。イヤなことを思い出させちゃった?明日の英語も休…」
「大丈夫。こっちこそゴメン。暗い顔しちゃって…。」
あの日、珍しくカナコは饒舌だった。いつも、私が話しかけても素っ気ない返事ばかりの彼女が、自分のことをいろいろ話してくれたことに少し驚いたが、希少な機会を得たような気もして、彼女の話にどんどん乗っていったことを記憶している。

柳井加奈子の両親は共に医師、3つ年上の兄も医学部在学中という優秀な一家。カナコは親の期待に応えることに微塵の疑いも持たずにここまでやってきたそうだが、いよいよ志望校を決める時期に入ると、親の干渉と期待が異様なほど過熱し、それと同時に不眠ぎみになり、模試になると緊張して冷や汗をかくようになり、思うように実力が発揮できないでいると話していた。

「あー。私からすればカナコちゃんのように頭がいいのは羨ましいなぁって憧れるけど、それはそれで大変なのね…」
家で日用雑貨も扱う酒屋を営む私の親は、いつも多忙で子どものことをかまう余裕がなく、ほとんど干渉された記憶がない私はどんな返事をしてあげたらよいか分からなかった。思い返してみるとなんて無神経で呑気な返事をしただろうと思う。でも、彼女はその日、私のそんな発言に機嫌を損ねることなく、家族のことをいろいろ話していた。

我が家とは全く違う世界の家庭事情をひとしきり聞いた私は、
「カナコちゃんはすでに十分に優秀なんだから、親のことなんて気にしないでとことん自分のペースでいけばいいのよ!ゴーイングマイウェイッ!イライラしたら今日みたいに私に話してくれれば少しはスッキリするんじゃない?」
出来の悪い私からの何の説得力もない励ましだったが、どうにか元気を出して欲しいと思い、ここで自虐ネタをいくつか話したと思う。すると、お弁当を食べ終わったころには、彼女の顔はだいぶ明るくなって、午後の授業の休み時間は、受験のことなど忘れてくだらない話で笑ったと思う。

その日以降、カナコとは休み時間や自習時間に他愛もないおしゃべりをした記憶があるが、たぶん1週間も経たないうちに彼女も学校を休むようになったと思う。2学期が終わるとそのまま受験シーズンに突入したので、3年生の登校は卒業式の3日前までなかった。

3月に入り、卒業式の前日にサイン帳を書いてもらうためにクラスメイトにカードを配って、卒業式当日にそれらを回収した時の記憶はすっかり抜け落ちている。カナコからメッセージをもらっていたということは学校に来ていたはずだ。でも、彼女と何か話した記憶は無い。

「カナコちゃん…今ごろどうしているかなぁ…。」
大げさなくらいの笑顔が並ぶ卒業アルバムに逆浮きするほど真顔のカナコの顔を見つめながら、私は今現在の彼女が心配になってきた。たぶん、アルバム写真の顔が笑顔だったら心配なんてせずに再び記憶は遠のいていっただろう。

●Episode2: 薄片(はくへん)へつづく

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