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【#11】アラサーOL女子・スナックアルバイトでわかった女としての強み

 まだ花冷えの日々、優しい雨に見舞われながら、なぜか切なさに襲われる。桜の開花を待ちわびながら、ニュースは、門出を迎える人たちの様子を報道している。真新しいスーツを着てぎこちなく振る舞うそんな初々しい新入社員を横目に、社会人何年目と数えたくない現実的な自分が、出勤前の地下鉄電車の窓ガラスに映る。いつも通りと言えばまだ聞こえがいいが、どことなくつまらないがしっくりくる。それでも、桜が咲き初めると、新たな目標を掲げて進みたくなる。全力で咲き、散ってゆく。その桜の美しい力強さにグッとくる。最も美しい状態で散っていってしまうからだろうか。咲き続けるものではないからだろうか。春は出会いと別れの季節だからだろうか。そんな思い出が蘇るからだろうか。なんとなく浮かぶ回答例だが、このグッとくる何かの正解は、いまだ見つけることができないと、萌花はぼんやりと思った。
 咲くのは、桜だけではない。今日は金曜日。”花金”なんて昭和な言い方。そんなことを言っていた上司が、よく飲みに連れていってくれた。狭苦しい路地に入ると、居酒屋が立ち並ぶ。赤提灯が、一週間仕事を戦い抜いたサラリーマンをねぎらうように、温かい光で出迎えてくれる。萌花は、いい女を気取れそうなオシャレなイタリアンも好きだが、この赤提灯が似合うお店も気に入っていた。だが、出来たら気楽に来たいところだったが、今日は、スナックのお客様と同伴だ。
「凛華ちゃん、こんなオヤジっぽいお店でもいいの?」
「はい!全然!私結構この赤提灯な感じ、好きなんです」
萌花こと、源氏名・凛華は少しテンションを上げて笑顔で返事をした。最近、同伴をするようになり、気が付いたことがある。とっても高価なお食事にしても、好物でも、同伴した食事に関して、味の記憶が残っていないのだ。

UnsplashのDifeng Zhangが撮影した写真


 萌花は、昔から周囲に気を遣う子だった。小学生の通知票には6年間、担任の先生がかわっても、必ず書かれているコメントがあった。

”協調性があり、周囲に溶け込むことができます”
”大変協調性があり、周囲へ思いやりを持って接することができています”
”周囲への配慮を欠かすことがなく、大変協調性があります”

萌花は、この”協調性がある”という言葉が信じられなかった。友達が少なく、周りと思うことが”違う”感じがいつもする。得体の知れないその”違う感じ”から、自分の気持ちを話すことが少なくなり、控えめになった。そんな自覚だったが、周囲の大人の目には、周りに気を遣える子供に映っていたようだ。
 長所は短所との表裏一体。褒めているにも関わらず、こんなことも書かれた。

”周囲に気を遣うあまり、主張がなかなかできないこともあるようです”
”周囲に合わせることもいいですが、自信をもって自分の意見をいいましょう”

家庭訪問でも、担任教師は萌花の協調性を褒めつつも、「大人の私たちにも、様子を伺い遠慮しているところがあります」と心配をしていたと、両親が話すのを聞いた。
 幼少期は、この協調性という言葉が嫌いになった。長所であると褒められているにも関わらず、短所として指摘されたことに子供心に、不安を抱いた。大人たちの目に映る好感度の良さと、萌花自信が気にしていた周囲との異質感とのギャップを埋めることができなかった。大学生となり、仲良くなった友人に、感情や自分の考えを伝えられるようになりはしたものの、グループとなると、どのグループにも溶け込める感じはしなかった。社会人となっても、心を許して話せるほど距離を縮めた人は少なかった。

 ”・・・でも、今はわかる”

プライベートの時間を割いて、会社の人間と過ごさねばならない定例飲み会は最も苦手だったが、持ち前の協調性スキルのおかげか、なぜかよく誘われた。こんな萌花にも、気の合う先輩ができた。少し本音で話すことができるような友人関係を築くことができた香川の存在は、萌花の人生にとって大切な宝物だった。
「萌花ちゃんは、気を遣えるからねー。それできない奴、いっぱいいるから。ものすごいいいことよ」と、先輩・香川はわかりやすいほどストレートに萌花を褒めた。香川の言葉は、萌花の励みになった。この協調性スキルは、大人社会で効果を発揮することを知った。

 そして特に、夜のスナックのアルバイトでは本領を発揮した。お客様への気遣いが、凛華を人気者にした。
 スナックの店内だけではなく、ママの目が行きわたらないお客様と同伴のお店先でも、お絞りの袋を開け、お客様へ渡したり、小皿を並べたり、お客様のビールグラスが空くと、瓶ビールに手を伸ばし、注いだ。

「凛華ちゃんは、気が遣えるよね」
と、たけしは言った。たけしは思った。凛華の気配りや、一歩引いて、自分に合わせてくれるような感じが、すごくいい。

 40代の独身男性のお客様にとって、凛華は、リアルに花嫁候補となった。更に、いろいろ下心はあるものの、”結婚したい”と思っている男性は、凛華に紳士的に優しく接した。たけしもその一人だ。
「好きなもの頼んでね!」
「はい!たけしさん、ありがとうございます。じゃ、、お刺身盛り合わせにしようかな。あとは、、、たけしさん、おススメはなんですか?」
「ん?おススメね、ここのだし巻きが美味いんだよ」
「そうなんですね!私も好きです。じゃ、だし巻き卵にします。たけしさんは、そのほかは、何にされますか?」
「そうだなー、焼鳥盛り合わせにしようかな!」
「いいですね!じゃ、お願いしますね!」
お願いしまーす!と小声で小さめに手を振った。はい!と、気が付いた店員がテーブルへ寄ってくる。
「ありがとうございます!何にしましょうか」
凛華は、たけしを見つめる。たけしは、照れくさそうに眼をメニュー表の方へ向け、少し慌てたように、
「えーっと、だし巻きとお刺身盛り合わせ、あと、焼鳥盛り合わせー、ください」
たけしが注文する。
「はい!喜んで!」
店員が去ったあと、凛華は静かに微笑んで言った。
「たけしさん、ありがとうございます。いいお店ですね!店員さんもすっごく感じいいし、スナックにいるたけしさんとは、少し違ったたけしさんが見れて新鮮です」
凛華はスナックの仕事を通して、自分の気を遣う性分が、男性にとって自分を魅力的に見せる武器になると知った。言葉のチョイス一つにも気を遣った。相手の恋心を知っているからこそ、期待スレスレの言葉。好きだの愛だのという色恋の言葉はご法度だ。だが、相手が嬉しくなるような誉め言葉や、いい意味で「意外」「新鮮」「いろんな顔がある」などと相手を表現した。男性は、自分を知ってくれていると、そしてそれが好意的に感じる。脈があるかもと勝手に期待していく。

「このお店は、よく来られるんですか?」
「ああ、凛華ちゃんに会いに行く前はよく寄ってるよ」
スナックにと言わず、凛華に会いに行くと言った。これがたけしにとって精一杯な告白だった。凛華はその言葉には全く反応はしない。ただ、にっこりと笑って、元気に会話を続けた。
「そうなんですね!活気があって、なんだか元気になれるいいお店ですね!」
「あ、そうなんだよね。店員さんがみんないい人で、すごく接客の教育が行き届いていると思うんだよ」
「いいお店でも、店員さんが不愛想だと、お料理もまずくなっちゃいますもんね。そんなお店もありますか?」
「そーーなんだよ。この先の和食の居酒屋があるんだけど、そこの店員がちょっと若いからなのか、いらっしゃいませも言わなくてね・・」
「えーー!それは基本的なところですよね!!それはちょっと入った瞬間から違和感感じちゃいそう!」
そうこうしているうちに、お刺身盛り合わせがテーブルへ運ばれてきた。

「わ、美味しそう!お皿がなんだかオシャレ。盛り付けも迫力ある!お魚ツヤツヤでキレイ!」
「ここのお刺身、結構いけるんだよ!凛華ちゃんどうぞ!」
「ありがとうございます。じゃ、私サーモン好きだからサーモンからいただきますね!」
「凛華ちゃん、サーモン好きなんだね!」
「はい!サーモン好きな女子多いですよね!私もそうですね!頂きます。」
続いて、焼鳥盛り合わせもテーブルへ運ばれてくる。
「うん、美味しい♡全然臭みもないし、脂も調度よくのってて美味しいです。たけしさんいいお店知ってますね!さすがです!」
「そうかな。ま、よく飲みに行くからね」
たけしは、強烈に、本能的に嬉しさが付き上げたが、抑えて言った。
「たけしさんは、お刺身だと、どんなお魚が好きなんですか?」
「そうだな、おれはマグロかな」
「マグロも美味しいですよね!どうぞ、召し上がってくださいね。たけしさん、光ものもいけますか?」
「ああ、好きだよ」
「私少し苦手なんですよね、魚臭さが強くって」
「ああ、そうだよね。酒には合うんだけどね」
「たけしさん、通だなー」
 凛華は、たけしの精一杯の告白も気づいていたが、あえて反応はしなかった。スナックの仕事をする上で、特に同伴時、お客に口説く時間を作らせないことは、凛華の重要課題だった。口説きに発展するような言葉には反応せず、笑顔で切り抜けた。気が付いてもらえなかった時の、たけしの微妙な動揺を、凛華はもちろん見逃さなかった。落胆を感じていることを知りながら、居酒屋の店内や店員の接客で気が付いたことをポジティブに話し続け、お料理が運ばれてくれば、その食器や盛り付け、味を具体的に話す。そして、素敵なお店へ連れて来てくれたたけしを、感動的に褒めた。「すごい!」「さすがです!」「しらなかった!」と敢えて大げさに。凛華は、たけしが本能的な喜びを、ぐっと抑えて平生を装ったことも、当然わかっていた。凛華という女性は、たけしにとって少し鈍感で天然な女性に映るだろう。だが本質は、悪魔的な感受性で、たけしの心をざわつかせる。そこに凛華が向けるたけしへの気遣いに、たけしは心を奪われたのだった。
 凛華は、目の前で展開される店内やお料理について、たけしに質問ができることがあれば投げかけながら、会話を一緒に膨らませ、引っ張っていく。凛華は、たけしの女性以外の興味を知ることに神経を注ぎ込み、たけしと一緒に会話することに全力で集中した。
 様々な男性客に、口説かれるしんどさを凛華は最初に味わった。それから、男性に口説かれない時間を作る事を工夫しているうちに、どんな高級で美味しい食事も、神経が張り詰めている状況では記憶に残らない。

 凛華が、スナックの仕事から解放され、萌花に戻る頃、心の中でこうつぶやくのだった。
「やっぱり、家のみが一番いいな」
明日は、お昼の仕事も、スナックの仕事も休日。萌花の明日の晩酌メニューは、即決していた。それは、大好きなのに、しっかり味わえなかったサーモンのお刺身だ。大好きなスパークリングワインを冷やして頂こう。

家のみ最高!


 

 

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