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夏のはじめの夜の

夏の輪郭がくっきりしてきた夜のはじめに外に出た。

B4の書類をコピーしに、近所のコンビニに。
お風呂上りのすっぴんジャージにクロックス、正統派のコンビニスタイルでぺたぺたと。
風が心地よいな。


風が心地よい。
コンビニで美味しそうな缶チューハイを買った。最近のコンビニブランドの缶チューハイはとても美味しいので信頼しているよ。これもきっと美味しいでしょう。
レジ袋が有料になったのでバッグに缶チューハイとコンビニスイーツを入れて家に帰る。コピーした書類が濡れちゃいそう。


心地よい風が私を辿る。
小さい頃、この近くにあるお家の、五右衛門風呂を焚く匂いが風に乗ってきていた。祖父宅にもあった五右衛門風呂の匂いは私のお気に入り。おっかない祖父が、焚いてくれた熱い熱いお風呂の薪の匂い。
最近はとんと嗅いでいない。あのお家でも、もう使用されていないのかと少しだけ悲しい。
祖父の家のお風呂も取り壊されてしまった。


私の夜の輪郭がほんのり崩れる。


木材市場の木の匂い。真っ直ぐに切られた木の、並べてある向こう側の夜。
夜に混じった木の匂いが鼻腔をなぞっていくのもお気に入り。
市場の看板の下に郵便ポスト。看板と郵便ポストの大きさと位置と、バランスが好きだった。気付いたら郵便ポストが小さいサイズのものに取り換えられている。看板とあのポストの、素晴らしい比率を写真にしておけば良かったな。
ポストに手紙を投函する。みずいろのレターセットに青色の切手。二羽のウサギが可愛い伊万里焼の。うまれてはじめてのファンレターを宇宙に飛ばしてみた夜。
夏が近い、もう、すぐそこ。


ずっと昔からある古い団地の一室の窓が開いていた。風が気持ち良いもの。カーテンの隙間から間接照明が漏れていて、お洒落な人が住んでいるのかなんて思った。
その下の部屋では、おじさんがベランダに出てきて煙草を吸っている。ランニングに半ズボンは団地の夜に良く似合うね。
風の通りが気持ちの良い、こんな夏のはじめの夜は、知らない人の知らない夜さえ愛おしくなるのかもしれない。知らない人の営みを眺めながら、薄ぼんやりとした匂いが欲しくなった。



とても素敵な夜のはじまりを通り抜けた私は、窓を開け放して缶チューハイを口にする。
予想通りに美味しかった。
祖父の写真の前で線香を焚いた。風に乗って匂いが流れていく。


またひとつ、輪郭が濃くなった。



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