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しゃっくり治療

 その男はしゃっくりが三年もの間止まらないでいる。
 息を止めてみても、グラスの中の水を下を向いて飲んでみても、舌を引っ張ってみても効果はなかった。
 考えうる全ての治し方を試してみたが一向に改善しないことを憤った男は、しゃっくり治療の第一人者と謳われる医師の元へすがった。
「いままでしゃっくりを止められなかった経験はない」
医者は男に会うなりそう語り、嘗て六十八年間しゃっくりが止まらなかった患者もいたが、見事治したと笑った。
 男は酷く安堵し、医者にされるがまま足裏のつぼを押されたり、へそに力を入れながら深呼吸をしたり、首をおもいっきり伸ばされたりした。
 怪しげな治療を受けている最中も、男のしゃっくりは止まることなくヒックヒックと鳴き続けた。
 全ての治療を終えた男は、どことなく身体が軽やかになった心地で医者の前になおり、言葉を待った。
 医者は特別何も語らず、じっと男の様子を見ている。
男が医者を訝しげに感じ始めたその刹那、
「ヒック」
止まったと思われたしゃくりが、男の咽から飛び出した。
「おい! どういうことだ!? 治ってないじゃないか!」
男が激高すると、目の前の医者は極めてのんびりに呟く。
「まあまあ、落ち着いて。今の気分はどうだね」
 男はしゃっくりが止まっていないのだから、気分が良いわけなどないと食ってかかろうとしたが、些か落ち着いてみると確かに、しゃっくりが出ない。
 立ち上がってみても、辺りを少し歩いても、看護師と話をしてみても。どれほど時間が経ってもしゃっくりが飛び出ることはなかった。
「ああ、先生。止まった…止まりました」
 男は先の無礼を詫び、更に医者に詰め寄る。
「いったい僕にどのような治療をしたのでしょうか?」
医者は変わらずのほほんとした顔で言った。
「なに、治ったと思ったらしゃっくりが出て、たいそう驚いたから止まったのだ」

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