超コッテリなチェーン店エッセイ。/『気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』村瀬秀信
『散歩の達人』に刺激を受けた私は、単身、夜の赤羽に繰り出した。ディープな酒場を発見するも、怖気づいて店に入れない。気づいた時には、「松のや」のカウンターでロースかつ定食(550円)を食べていた。ホッとしていた。
雑誌に載っている個人店ももちろん良い。でも手軽なお値段で、どこに行っても同じ味を提供してくれるチェーン店は安心するのである。
そんなチェーン店について、主にスポーツコラムを執筆するライターの村瀬秀信が熱っぽく語るエッセーが『気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』。
そんな村瀬さんも以前は個人店崇拝をしていたようだ。まえがきが面白いので、ちょっと長いけど引用したい。個人店を引き合いに出したうえで、
「チェーン店なんて存在はその対極に位置するもので、無粋も無粋。大量仕入れの大量消費で価格破壊を狙い、優良な個人店を駆逐する拝金主義者。そんな店へ考えなしに行く無教養な人間も同罪だ。そこの子供!大事な外食の機会を「ガスト」でごまかされるな!」
(出典 村瀬秀信、講談社、2016、p.2)と言う。
すごい言い草!しかし、安くて便利で、「そこそこウマくて気楽」なチェーン店を今は愛しているという。
ただチェーン店がいくら美味しくて安心でも、それをわざわざエッセーで熱っぽく語る人は多くない気がする。チェーン店は取るに足らないものだ、わざわざ注目したり、感動したりする対象ではない、という固定概念があるのだと思う。
そんなチェーン店を村瀬さんは暑苦しいくらい活き活きと描写する。例えば、ステーキチェーンの「ビリー・ザ・キッド」での食事シーンについてこんな風に書いている。
「あの暴れ牛を平らげるには手順がいる。まずメキサラダで体をほぐし、血の池地獄かと思うような激辛の「メキスープ」で食欲をMAXまで引き上げる。そうしてやってきた暴れ牛にオン・ザ・バターをまんべんなく塗りたくり、ナイフで分厚く切り分けたら、ニンニクとライス(時々エローテ)と共に片っ端から平らげる」
(出典 村瀬秀信、講談社、2016、p.198)
ただステーキのセットを食べているだけなのに、命がけな気すらしてくる。そしてステーキのことを「暴れ牛」と表現したりと、絶妙な誇張表現が面白い。村瀬さんの手にかかればココイチの「1300gカレー」は過酷な雪山登山に、シェーキーズの食べ放題は戦場と化す。
文章だけではなく、チェーン店での偏愛エピソードも痺れる。例えば、村瀬さんは吉野家に行くと七味唐辛子を30g(胡椒瓶1本分くらい)使うらしい。遂には好きが高じ、カスタマーセンターへ電話。レシピを聞き出し、自宅で七味唐辛子の調合を始める。果たしてどんな味になったのか。詳しくは本を読んで確かめて!
肩ひじ張らずに楽しく気軽に楽しめて、読み終わるや否や最寄りのチェーン店に駆け込みたくなる。そんな1冊。
合わせて聴きたいポッドキャスト
東京ポッド許可局 第359回「このチェーン店がやっぱりすごい論」 https://nhsw9.app.goo.gl/WzN5yWN8RePTPW8r5
元店員のマキタスポーツによる「モスバーガー論」が楽しい!