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小説もどき

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小説というよりほぼエッセイみたいな軽い文章の墓場。
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記事一覧

軽蔑

「何度目か分かってる?」
彼の言葉は浮力がなく重く冷たい。
「ごめんって。でも今は許して。」
「もうさ、何度目、。まぁいいや。」
せっかくの休日だというのに会いに来たのは間違いだったかも知れないと思った。直面しているうまく回らない出来事が、私を取り囲むようにそびえ立っているような感覚が襲ってきて瞼を少し擦る。顔を上げると、横顔に外れてついているような彼の耳が細かい汗を浮かばせているのが見えた。私の

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携帯を見ると待ち合わせの時間はもう少し先だった。指先をもう一度確認してスカートの裾を直す。お盆前の駅の構内は目まぐるしい速度で人が行き交っていて、改札前で誰かを待っている人は少なかった。額に汗が滲んできて慌ててハンカチで拭き取る。夜になっても八月の暑さは手加減を知らないらしく、じりじりと構内を染め上げていった。目に映るキャリーケースを持つ人たちは遠くの街を考えながら歩いている。嬉しそうな顔で携帯を

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温度 (連載)

[1]

その時間、横に座る彼女の黒のニットだけが部屋の中に存在しているように思えた。清潔さと強さを混ぜ合わせた黒は弱さを纏わない彼女にとても似合っている。指先には薄めのネイルが見え、その匂いが目の前で暖房の風に揺られていた。しなやかな曲線は目の隙間から艶かしさを届けては消えて行く。そろそろ裸足になった足先から冷たさが浮かんでくる頃合いだった。冬の咳き込むような冷気は、葉を砕き細分化する残酷さを持

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Don’t know why

波が寄せては帰っていく。季節外れの海岸は記憶の残骸で溢れていた。砂を一握り手にとり海に放り投げる。散らばっていった粒はまた静かに眠りについた。風が思っていたより強くここに長居はできそうにない。Don’t know whyを呟くように歌ってみる。空と海の境目に目を凝らすと体の感覚が少しずつ抜けていくような気がした。その瞬間どこにも心はない。存在と不在の間にあるのは音楽だけだ。行くあてもなく車を走らせ

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家族の風景

目を覚ますと倦怠感は足から指先まで滞りなく流れていた。首を動かすことさえも億劫なので、イヤホンを耳につけ音楽を流す。スマートフォンからは昨日聞いていたハナレグミの「家族の風景」がそのまま流れ始めた。

キッチンにはハイライトとウイスキーグラス
どこにでもあるような家族の風景

ギターのアルペジオが泣き出しそうだった。優しい声がじんわりと身体中に届いていく。弦の響きは鼓膜の先にある何かを揺らし、重な

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海の向こうを見つめていると遠くの街の喧騒が瞼に張り付く。周囲を山に囲まれ窪地になった土地に街が蠢いている。海はなく山から続く川が街の真ん中を通り水は生活用水になっている。その街では僕の友人が医者を開業していて内紛で傷ついた人々をせっせと救っている。内紛は五年前から続いており休戦の見込みはない。重症患者が泣き叫びベットの横にはたくさんの怪我人が座っている。地面は舗装されておらず埃が幾何学的に宙をまう

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暗い丘

暗い丘

川が流れ水音がこだましていた。遠く離れた電車はゆっくりと通り過ぎていき後には静けさが残った。夜の河原沿いは景色がぼやけ点々と連なる灯りは少し滲んでみえた。帰路考えることはまとまりがなくとめどないものでその足取りは重くそのうえ不明瞭だった。
 今朝にケイが死んだという連絡が来たのは私にとって突拍子のあるものでは無かった。共通の知人がおり彼がそのことを伝えてくれた。私たち三人は皆高校の同級生で仲のいい

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