京子

love|映画、着物、香水、猫

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最近の記事

ふつうの文章が書けない

シュッ、シュッとメトロノームのように正確な速さで丸をつける音が響く。私は作文用紙に書き込まれた赤字を眺めながら、えんぴつに見えるシャーペンをくるくる回す。 「赤ペンの部分だけ直せばいいから」 顔を上げると教卓で腕を組んでいる中田先生と目が合った。小テストの採点が終わったようだ。瞳を三角にして、まばたきもせずにこちらの動向を見張っている。まるで看守のような気迫に、回していたシャーペンが右手からこぼれた。早く帰るためにさっさと取り掛かろうとペンを握り直す。 運動怪というタイ

    • 自由律俳句まとめ03

      遅刻するくらいなら休みたい コメント打ってる途中で次の話題が始まった 顔見知り追い抜くか歩速落とすか ウェイターに監視されるタイプのレストラン 毛先の遊ばせ方がわからない 奇数はひとりを正当化できる 4人いてもひとりになる 道を教えてくれそうな顔を探す いつまでも休日を使いこなせない 寄せ書きがコピペの詰め合わせ

      • シルクドきんつば

        「キュウリは好きじゃないんだ。食べたらマンホールの穴に落とされるからね」 目の前に座っていた人たちは周囲と目配せをして、絞りだすように「は」を羅列した。また間違えてしまったようだ。熱くなる頰を冷ますために水を一気に飲み干す。まばらな声が途切れたあと、みんなはおもむろに食器をまとめたり、メニューを開いたりし始めた。私はおしぼりを何度もたたみ直して、自分の発言が早く遠い過去になるように祈る。そういえば、とだれかが口を開いてやっと呼吸ができるようになった。 あとになって、ふつう

        • 自由律俳句まとめ02

          教材買って満足して使わない 開け方にコツがいる棚 追加の注文は多分忘れられている さんざん悩んだ挙句どっちも買わなかった 質問聞き返せず曖昧に笑う 試着室ではこんなはずじゃなかった すぐはがれそうな場所に絆創膏を貼る 「ん」がついても終わりじゃないしりとり ハタチになったら大人になれると思ってた ちょうどいいアウターがない

        ふつうの文章が書けない

          自由律俳句まとめ01

          思ったより笑ってなかった写真 お土産が回ってくるのを待つ時間 とりあえずクローゼットにしまっておく 変な単語が予測変換から消えてくれない 沈黙を電波の悪さのせいにする メッセージの終わらせ方がわからない 日傘さす勇気が出ないくもり空 チャットGPTにしか悩みを打ち明けられない 映画の爆破音で寝ていたことに気づく いつもプロフィールに何を書くか悩んで空欄

          自由律俳句まとめ01

          ダウンコートが着られない

          「今日は寒いってテレビの人が言ってたよ。ダウンコート着ていく?」 「いい」 ヴィヴィアンのロッキンホースに足を入れてリボンを結ぶ。風邪をひくからマフラーくらいしろと止まらない母の言葉を受け流す。靴を履き終えて玄関の姿見をチェックする。ゴルチエの黒のコートはパターンの美しさに惚れて買った。ラメが散りばめられた黒タイツにパンプスのリボンが絡みついている。いい組み合わせだと鏡の中の人物に微笑む。 「夜ご飯は家で食べる。いってきます」 母は私が見えなくなるまでドアを閉めない。い

          ダウンコートが着られない

          夏を滅ぼさないのは君のせい

          夏がなくなりますように。教室の窓越しからでもわかる日光の鋭さに眉をひそめた。空にはお手本のようなにゅうどう雲が広がっている。しばらく細長い紙をにらんでいたら、先生に提出を急かされて「成績がよくなりますように」と嘘の願いを書きなぐった。 「じゃあ葉月、これ捨ててきてね」 今週のゴミは1袋に収まった。ひとりで運べる量だが、転校してきたばかりの葉月さんは校外にあるゴミ置き場を知らない。案内ジャンケンで負けた私はグーの手を開けないでいた。 「まかしとき! 日向ちゃん案内よろしく

          夏を滅ぼさないのは君のせい

          ときめきに死す

          康太と裕樹が交互に石を蹴っている。私は2人のうしろから石が弾け飛ぶのを目で追いながら、にじみ出る汗を拭う。もう夕方になるのに、かつお節を乗せたら踊り出しそうなくらい、真夏の日差しがアスファルトを熱していた。 2人から少し離れた所で、私はこのゲームの行方を見守る。私が加わると、石を道路に蹴り出してボーリングでいうガーターを連発してしまう。彼らに迷惑をかけないようにと、いつしか審判に立候補したのだ。 だからといって何をするわけでもなく、2人が交互に蹴る石を眺めるだけだ。でも、

          ときめきに死す

          盗賊Nの戯れ

          嘘つきが泥棒の始まりと言うのなら、私は盗賊といったところだろうか。今日も罪を重ねてしまった。コンビニで、カフェで、書店で。 「ポイントカードはお持ちでしょうか?」 「忘れました」 実は持っているが、カードを探す工程を入れるとリズムが悪くなるので持っていないテイを装う。リズムを崩してまで貯めたポイントでもらえるのはシールくらいだろう。 この事を友人に話すと、ポイントで家を買ったと激白され、私は暫し呼吸を忘れた。これまで捨ててきたポイントで外車や別荘……星や概念なんかも買え

          盗賊Nの戯れ

          これでいいと言い聞かせる美容院からの帰路

          美容院に行って気分が上がる人と下がる人がいるらしい。 私は美容院に行くたびに疲労困憊に陥るので、前者の存在を知った時は衝撃を受けたものだ。 人によって美容院に行く頻度はさまざまだが、私はパーマを維持するために二ヶ月に一度は行かざるを得ない。 私の髪型は定規で線を引いたようなストレートヘアである。 直線的な髪型は鋭さやクールさを感じさせる。 それはそれで素敵だが、私は柔らかくゆったりとした印象を醸し出したい。 ヘアアイロンで曲線を作ろうとしても、髪は頑なに直線であることを貫く。

          これでいいと言い聞かせる美容院からの帰路