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ときめきに死す

康太と裕樹が交互に石を蹴っている。私は2人のうしろから石が弾け飛ぶのを目で追いながら、にじみ出る汗を拭う。もう夕方になるのに、かつお節を乗せたら踊り出しそうなくらい、真夏の日差しがアスファルトを熱していた。

2人から少し離れた所で、私はこのゲームの行方を見守る。私が加わると、石を道路に蹴り出してボーリングでいうガーターを連発してしまう。彼らに迷惑をかけないようにと、いつしか審判に立候補したのだ。

だからといって何をするわけでもなく、2人が交互に蹴る石を眺めるだけだ。でも、私はこの役をけっこう気に入っていた。キャンプの焚き火のように、いつまでも飽きずに眺めていられた。

あんなに綺麗だった丸石は欠けてしまってどこにでもあるふつうの石になっていた。

康太が蹴った石が勢いよく跳ねて排水溝に吸い込まれてしまった。

「康太の負け!」
「もっかい! もっかい勝負!」

裕樹がそのあたりにある石を使おうと言うのを聞かずに、康太は服を泥で汚しながら体を屈めて排水溝をのぞき込む。

「見て、アリ」

康太は瞳を爛々とさせて溝の隙間から勢いよく顔を出した。手のひらに乗せた石の上にはごま塩のようなアリが歩いている。私も裕樹も黙ってその様子を眺めていた。康太はおもむろにアリをつまむと、サッと口の中に放り込んだ。

「かっこいい!!」

熱いものに触れて手を引っ込めるみたいに、考える前に叫んでいた。何が起きたのか分からずに呼吸が止まった。そのあとすぐに心臓の音が早くなっていくのがわかった。波のプールのようにどっと押し寄せた幸せに近い感情が体中に広がっていく。あっという間にいっぱいになった喜びは抱えきれずに外へ出た。目の前の世界がぼやけていき、夢を見ているようだった。

それを見た裕樹はザクザクと草を踏みしめながらあたりを物色し始めた。

「僕なんか2匹食えるで」

裕樹は手品を始めるような得意げな表情で躊躇なく2匹のアリを口に運んだ。

たがいに負けたくないと思った2人は3匹、4匹、5匹とアリを食べだした。審判として一刻も早く止めないといけない。アリなんて食べてはいけない。そもそもそんなもので競争して何になるのだ。そんないい子の考えも自分の心音でかき消された。この気持ちの正体が分からず、私は跳ね回って2人を応援することしかできなかった。

その日、私たちの地元からアリが消えた。

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