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夏を滅ぼさないのは君のせい

夏がなくなりますように。教室の窓越しからでもわかる日光の鋭さに眉をひそめた。空にはお手本のようなにゅうどう雲が広がっている。しばらく細長い紙をにらんでいたら、先生に提出を急かされて「成績がよくなりますように」と嘘の願いを書きなぐった。

「じゃあ葉月、これ捨ててきてね」

今週のゴミは1袋に収まった。ひとりで運べる量だが、転校してきたばかりの葉月さんは校外にあるゴミ置き場を知らない。案内ジャンケンで負けた私はグーの手を開けないでいた。

「まかしとき! 日向ちゃん案内よろしく!」

葉月さんのスキップしているような声に目を合わせずにうなずく。このクラスに来て数日しか経っていないのに、彼女の周りはお祭りのように人と笑顔で囲まれている。私は何年もこの組で過ごしていても、ろくに誰とも話せない。すぐにみんなと仲良くなれる彼女を羨ましく思う。

なるべく汗をかかないように、遠回りして日陰の多い行き方を選んだ。袋をもった彼女を気にせず歩幅を広げる。

「日向ちゃんっていつも手袋つけてるやんな。夏やのに暑くないん?」
「あ、うん。手に汗をかきやすいから」
「え? 手袋つけてたら余計に汗……」
「これ汗を吸ってくれるやつだから」

何度も聞かれたことのある質問をさえぎる。知らないだけで悪意はないとわかっていても、じわじわと赤いものが込み上げてくる。

「いいなって思っててん」

やわらかい声のトーンに足がぐらつく。むりやり会話を終わらせようとした自分のいじわるさに唇をかんだ。この手袋をいいと言われたことなんてなかった。こわばっていた心がフライパンで熱したバターのようにとけてゆく。いますぐ駆け回りたくなるような気持ちは、彼女の「あっ!」という声で引き止められた。

「なんか首のとこ汚れてる。きいろい水みたいな」

きいろいと聞いてとっさに手袋を外す。手のひらにはやっぱり黄色があふれ出していた。

「どうしたん、それ! 大丈夫?」
「大丈夫。色がついてるけど汗だから。あ、別にうつったりしないよ。でも、気持ち悪いよね」

言い訳をするような説明は弱々しくふるえた。生まれつき私の汗には色がついている。葉月さん以外のクラスメイトはこのことを知っている。彼女は何も言わずにうつむいた。話したことを後悔していると、彼女はちょっと待っててと言って、袋を置いて校庭に走っていった。

誰かに言いふらしに行ったのだろうか。きっと彼女も私とは友達になってくれないだろう。質問と同じくらい目にしてきた反応なのに、じっとしていられずに周辺をぐるぐる回った。そういえば、ともう一度手のひらを見る。汗の色は悲しいと青、怒ったら赤というように、私の心に合わせて変わる。黄身のような色はこれまで見たことがなかった。

ハンカチで手を拭おうとしていると、汗だくの葉月さんが戻ってきた。彼女は大きな白い花をもっていた。何かを考える間もなく、彼女は私の手をとって花と重ねた。花はスポンジのように汗を吸って、夏の日差しと同じ黄色に染まっていく。

「やっぱりめっちゃ可愛い」

太陽のようになった花を空にかざす。私のシャツの首元は汗でよごれているだろう。保健室に着替えに行くまでに誰かとすれ違って、じろじろ見られるだろう。葉月さんのほころんだ表情と黄金に輝く花を見ていたら、全部どうでもよくなった。耐えきれずに口元に笑みが浮かんだ。

その花はのちにヒマワリと呼ばれることになる。

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