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ふつうの文章が書けない

シュッ、シュッとメトロノームのように正確な速さで丸をつける音が響く。私は作文用紙に書き込まれた赤字を眺めながら、えんぴつに見えるシャーペンをくるくる回す。

「赤ペンの部分だけ直せばいいから」

顔を上げると教卓で腕を組んでいる中田先生と目が合った。小テストの採点が終わったようだ。瞳を三角にして、まばたきもせずにこちらの動向を見張っている。まるで看守のような気迫に、回していたシャーペンが右手からこぼれた。早く帰るためにさっさと取り掛かろうとペンを握り直す。

運動怪というタイトルにもチェックの入っている作文に目を通す。校長先生の開会の言葉が1時間あったこと、白組の玉入れの玉がじつは大福だったこと、大玉転がしの大玉がコースを脱線して校長先生を飲み込んだことなどにバツが入っていた。

もちろんすべて現実ではないし、実際にそう見えていたわけでもない。大玉が脱線したことは本当だ。そんな事実から連想ゲームをするように脚色を加えていく。

大玉はコースを脱線した。そのさきにはパイプ椅子に座っている校長先生がいる。大玉はスピードを落とすことなく転がり続け、椅子ごと校長先生をペロリと平らげた。長すぎる開会の言葉のせいで腹ペコだったのだ。この部分は赤で囲まれて、嘘は書いたらダメと殴り書きされている。

私が描く幻想は中田先生の望むものではなかった。先生は前髪がちょうど5対5になるように真ん中でわけているし、角だって直角に曲がる。だから漢字のとめ・はね・はらいの確認に定規やコンパスを使うし、作文のファクトチェックも怠らない。提出したものはいつも真っ赤になって返ってくる。

それを知っていても書き方を変えるつもりはない。感想という自由に書ける中で表現を強制されたくなかった。事実をそのまま文章にして、楽しかったですなんて締めで終えたくない。何より私は自分の感性が好きで信じている。

「そんなに考えなくてもふつうに書いたらいいだけだから」

そう言って先生は腕に付けている時計をつつく。いつの間にか空は明度を落としていて、部活が終わる時間になっていた。私はもっていた消しゴムで先生の時計をこすってみる。先生はあたりを見回したり、服やポケットを何度も叩いたりして、いきなり無くなった時計を探している。

たまにそんなイメージを浮かべながらすべての修正を終えた。やっと帰れると用紙を重ねていると、1行の空白が目に留まる。これでいいと丸をつけそうになった最後に、どんでん返しがあったら先生はどんな反応をするんだろうという考えがよぎる。私は口角を上げないように気をつけて、最後の行にシャーペンを向かわせた。

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