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突然吹奏楽部の顧問になる(13)

 夏の吹奏楽コンクール地区予選は、まさかの銀賞。
 幸い、順位は3位で、県大会出場権はギリギリで獲得できました。
 しかし、部員は激しく落ち込んでいます。代表権を得たのですから、素直に喜んでもよいとは思うのですが、金賞ではなかったことをどう受け止めてよいのか…。
 その夜は審査員の先生との懇親会です。コンクールは2日間あり、初日の夜に、審査員の方々をご慰労するのが慣例。その場で、演奏の感想やアドバイスなどをうかがうこともできます。

吹奏楽コンクールの審査は

 審査員は5名。一人の持ち点は20点で、合計100点満点になります。
 20点の内訳は、「課題曲10点・自由曲10点」
 それぞれ「技術点5点・表現点5点=10点」での評価。
 また、審査員は、「作曲・指揮、木管、金管、打楽器、教育」という分野から招かれます。教育は、現場の先生=有名校の顧問の先生が多いです。
 会場の戸締りを終え、懇親会会場に到着した時は、すでに始まっていました。「F高校の校長=地区吹奏楽連盟会長」が、満面の笑みで審査員の先生方をおもてなししてくれていました。
 遅れたことをお詫びし、今日のお礼を伝え、改めて乾杯をして、懇親会が再スタートします。まず、校長にビールを注ぎに行くと、校長は審査員の一人と会話中。その審査員は、3月に参加した東京の演奏会にも出演していた吹奏楽部の顧問の先生。F高校の演奏やリハーサルを聞いて部員に声をかけてくれた先生。学校長に、その時のことを伝え、今日の演奏を絶賛してくれました。
 「サウンドがとてもよかった。人を包むような、そして良い意味で吹奏楽らしくないやわらかい音が、とても心地よかった。フォルテになってもうるさくない、ピアノになってもシャープさを失わない。すばらしい!」
 すると、他の審査員もその会話に乗ってきました。
 「吹奏楽というと、音が大きすぎる・うるさい・耳が痛くなるようなサウンドにどうしてもなりがちで、またそういうサウンドがコンクール受けすると思っているバンドが多い。今日の演奏も、音が固いバンドが多く、これは地区全体の傾向かもしれない」
 「そういう中で、F高校はよかった。オーケストラのサウンドに近い。やわらかいのに輪郭がある。どうやってこういう音を作ったのですか」

F高校の審査結果は…

 100点満点で79点でした。金賞の2校は80点をこえています。
 70点台だと銀賞ですね…。
 ただ、F高校に最高点をつけてくれた方が3名います。
 金管の先生は2位。
 打楽器の先生が最下位。
 審査が割れたのですね。それにしても、極端に割れたものです。
 最高点3名と、最低点1名。
 すると、打楽器の先生に「何がいけなかったのですか」とある審査員が聞くのです。「私は、F高校は県大会を突破する可能性が高いと思っています。ぜひ、先生から課題を伝えてあげてください」
 打楽器の先生からは、マレットの選択とか、皮系打楽器のチューニングのこととか、そういう話がありました。「全体の演奏はとてもよかったです。ただ、私は打楽器として審査したので、他の先生とは違う評価になってしまったようです」
 マレット選択とか、チューニングとかは、ま、定番の指摘です。
 ちょっと、何か、歯切れが悪い返事でした。そして、話題はサウンドの話に戻ります。吹奏楽部の顧問になってから、M高校のN先生から基礎合奏を学び、サウンドトレーニングをしたこと。その中で、音色とか音のやわらかさをあわせるとサウンドが変わることを体験し、チューニングでは、「一番やわらかい音を出す部員」にあわせることで、今のサウンドが完成したことを伝えました。
 幸運だったのは、一番やわらかい音を出すのが「チューバ」だったこと。 
 また、3月に全国大会常連校が参加する演奏会に参加させていただき、そこで、全国バンドのサウンドを聞けたこと、各校の顧問の先生が「基礎合奏を大事にするんだよ」と励ましてくれたことが部員の心に残り、今日の演奏につながったことを伝えました。

本番の演奏で気になったこと

 F高校に2位をつけた金管の先生から、「課題曲の冒頭からしばらくは、演奏が固く、指揮とあまりあっていない感じで、違和感がありました。ただ、課題曲の中間以降から硬さが取れ、バンドと指揮者の一体感が生まれ、それ以降は同じバンドとは思えない演奏でした。最初からいい音だったら、もっとよい点数をつけることができたのですが、何があったのですか」
 すると校長が、「うちの先生は事務局なので、昨日から準備で会場に入って、今日、部員とはステージ袖で合流して本番だったのです。当日リハーサルなしで本番ということは、吹奏楽コンクールでは一般的なのですか」
 これは、さすがに各校の顧問の先生が慌てます。ええと、一般的ではないですね。校長はさらに、「今日、学校では模擬試験があったので、吹奏楽部は公民館で音出しをし、そのまま会場に来たのです。ちなみに、3年生は、今日受験できなかった模擬試験を、明日受験します」と続けます。酔ってますね。
 すると金管の先生は、「県大会の日はどうなのですか?」と問います。
 「実は、県大会の日も模擬試験です。その日は、県大会の会場近くの学校の施設を借ります。今度はリハから参加できます。」
 「それは大変でしょうけど、それなら県大会は大丈夫ですよ。あのサウンドで最初から最後まで演奏すれば、金賞は間違いないです。代表の可能性もありますよ」
 …銀賞3位通過のバンドの話題ではないですね。もちろん、この後、他の学校の演奏のこと、地区全体の傾向と対策など建設的な話題が続きました。
 私は、審査員の先生が、F高校の演奏をとても高く評価してくれていることを、どうやって部員に伝えようかと思っていました。吹奏楽コンクールでは、審査の点数や内容を部員には伝えないという約束事があるのです。

当日の午前中にあったこと

 本番前、リハーサル室でチューニングをします。私は、ここでバンドと合流し、少しあわせ、その後袖に移動~本番というつもりでいました。
 しかし、当日の午前中、トラブルがありました。
 初日の午前中は小学校の部です。
 まず、会場のロビーにブルーシートを敷き、そこでくつろいでいる保護者の一団がいました。吹奏楽コンクールは、いわゆる「クラシック音楽のマナー」に準じて運営します。ここは「体育館」ではありません。音楽ホールです。運動会や運動部の大会のようにブルーシートを敷き、自分の場所を確保し、そこで寛ぐ…というのはマナー違反です。撤収をお願いしました。
 次は、楽器運搬をした保護者が、楽器搬入口からそのまま会場内に入り、客席に座っているのです。様子を見ると、首からネームカードを下げていますが、それは事務局が準備したものではありません。その団体の保護者会のものです。楽器運搬を終えたら、受付からチケットで入場していただくことになっています。再入場のお願いをしました。
 さらに、受付でもめているので来てほしいという連絡が来ました。今日の参加団体の保護者です。「事前に顧問からチケットを購入し、会場にやってきた。駐車場が遠くて、車から会場まで少し時間がかかった。会場に入って我が子の演奏を聴こうと思ったら、ドアのところ立っている高校生が扉を開けてくれない。扉が開いた時、我が子の演奏は終わっていた。どうしてくれる! チケット代を返せ!! 責任者を出せ!!!」
 演奏中、客席への扉は閉めます。演奏中の出入りは、演奏者だけでなく、審査にも影響を与えます。そもそも、演奏会とはそういうものです。運動会や屋外フェスではないのです。
 何より、運営側もこういうトラブルが起きることは想定済みで、学校長・顧問宛の文書の中に、保護者・部員のマナーの徹底をお願いし、事前の顧問会議でも何度も確認していました。
 ため息しか出ません。議論をしても時間が無駄でしょう。こういう時は、妥協と謝罪。購入したチケット枚数をうかがうと4枚と。
 4枚分の金額を返金することを伝え、経理の先生に封筒を準備してもらいました。すると、そうではないと言い出すのです。
 「聞けなかったの私だけだから、返金は1名分だ」
 「では、1名分にします。申し訳ございません」
 「お金じゃない。我が子の演奏が聴けないことにどう責任を取るのだ」
 「申し訳ありません。もしよろしければ、今日の演奏は専門業者が録画・録音していて、DVD・CDとして販売します。申し込みは、後日顧問から連絡がいきますので、そちらでお許しいただけませんか。」
 「買えというのか!」 
 「ですから、4名分の返金をさせていただきます。その金額に少し足して購入していただけませんか。」
 「教育委員会に電話するぞ」
 「どうぞ。電話をする際は、市の教育委員会ではなく、県の教育委員会に電話してください。私は今回のコンクール事務局担当で、F高校の○○と申します。県立高校の教員ですから、県の教育委員会にお願いします」
 「くびにしてやる」
 「どうぞ。ただ、こちらご覧いただけますか」
 私は、受付に掲示してある、大会のタイムテーブルを指さしました。
 そこには、出演団体の受付時間から演奏開始時間までが記されています。
 「小学校の部にはよくあることですが、予定のタイムテーブルから遅れ気味の進行になっています。そちらの団体の出演段階で、15分の遅れがありました。これは確認済みです。記録もあります。また、このタイムテーブルは、学校長宛文書として郵送し、顧問にも届いているはずです」
 「なぜ、お子様の演奏を聞けなかったのか、と第三者から問い合わせがあった場合は、このことを伝えなければなりません。」
 「事務局担当者の独断ですが、4名分の返金ということでお詫びとご理解いただけませんか」
 しばらく沈黙が続き、じゃぁ、金返せと…。
 このやり取りを周囲の人々が見守っていました。
 「お手数ですが、こちらに記入をお願いします。領収書です。公金ですのでご理解ください。お子様の学校名と、保護者の氏名をフルネームでお願いします。」
 すると、私をひと睨みして、どこかへ去っていきました。
 ちょっとやりすぎたかな…と思いましたが、手続き上の瑕疵はないはずです。受付業務も正常に戻り、大会は少し遅れつつですが進行しています。
 小学校の演奏が終わり、結果発表をしました。
 昼休みを挟んで、午後から高校の部です。
 高校の部が始まってしばらくして、県代表となった小学校の顧問の先生が本部にやってきました。
 ブルーシートを敷いていたのも、楽器搬入してそのまま客席に入ったのも、遅れてきて演奏を聞けなかった、謝れ、金返せと言ったのも、その先生の学校の保護者だったようです。そういえば、6月の楽器講習会でも同様のことがありました。
 保護者がカンカンで大変だそうです。
 私の対応がよくないそうで、そのせいで、その先生が大変強く怒られたそうです。今までこんなことはなかったのに、事務局の運営がおかしいのではないかと訴えます。
 「こんなこととは何ですか。ロビーにブルーシートを敷いて場所取りをすることですか。楽器搬入口から直接客席に入ることですか。自分が遅れてきたことを棚に上げて、受付にクレームを言うことですか」
 「…」
 どうも、正しい情報が先生に伝わっていないようです。
 また、先生も正しい情報を保護者に伝えていないようです。
 ただ、その先生はなかなか納得せず、しばらく本部でいろいろなことを言っていました。そのうち、F高校の出演時間が迫ります。
 私が着替えた時、バンドはすでにチューニングを終え、袖に整列していました。
 課題曲冒頭の演奏が良くなかったのは、私の心がささくれ立っていたから。いや、人のせいにしてはいけないですね。
 切り替えができなかったから。音楽に集中できなかったからです。
 それが、銀賞なのです。
               つづく…
 
 
 
 

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