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忍者じゃなくて忍びです|『忍びの家』|Netflix

あらすじ

優秀な忍びとしての生活を捨ててから数年。家族の団結を失ってしまった一家は、平和を脅かす大きな危機に立ち向かうため、再び影の任務を引き受けることになる。
引用:Netflix


動画予告

引用:Youtube

レビュー

「普通だ・・・・・。普通だ・・・・・。」
予告編で何度も流れてくるこの言葉は完全に嘘でした。
忍び(忍者と呼ぶのはNG)として生きてきた家族。忍びのせいで死んでしまった家族。突如として忍びを辞めてしまった家族。陰謀のために忍びとして立ち上がった家族。最後に立ち会うことになるのは忍びの何の家族なのか?

「家族」と「忍び」その2つの視点を持ってこの物語を見ると面白いのもなのではないのかなと考えます。画だけでいうと、アクションがとてもスムーズで会って素晴らしかったです。1つ1つの流れに変な違和感がなく、現代社会にも忍びは馴染んでいるという感覚があっているのではないかと思います。まるで、夜中にあるちょっとした物音が忍びだったりして?なんて思い込んでしまいます。

諸々はネタバレになってしまうので話しませんが、先述した「家族」と「忍び」に着目して「忍びとしての大義」について考えると話の内容が理解しやすいと考えます。大義とは何でしょう?そもそも古来からの忍びの役割って何?現代に存在するとしたらどんな役目を担っているのだろう?歴史や展示物として見るのではなく、自分が忍びだったらどの選択が大義であるのか?それが家族にとってどうなのか?を考えてみるといいのかも知れません。

ただ、ここまでこれを地上波の連続ドラマでやったとしたらここまでの人気は出なかったと思います。良い意味で物語がまとまり過ぎているからです。次回作への期待も匂わせるような演出がありますが、複雑ではなく先述した「忍びとしての大義」を問いかけるような問題が広がっていくだけなのかなと。しかしながら、それは忍びの文化を幼い頃から私たち日本人が慣れ親しみ過ぎているからだと考えます。これを全世界で海外の人が見るとちょっとした日常に忍びの世界観が緻密に練り込まれていて魅了するのではないかと思います。それぐらい海外向けな作品に近いのかながレビューです。

しれっと、復活しました。
以後、お見知り置きを。忍びとして私は生きていたのではありません。
それでは!また!

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