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澤村伊智『ばくうどの悪夢』感想

澤村伊智『ばくうどの悪夢』
2023.3.23読了



これまでの比嘉姉妹シリーズで最低最悪の「怪異」に震えた。

人の心を徹底的に破壊する絶望。
安らぐ瞬間や居場所さえもなぶり尽くす虚無、陰惨な悪意。
穢らわしい夢。穢らわしい安息。究極の現実逃避。

人間の悪意も、怪異の悪意も、現象の規模もぶっちぎりにエグくて気が滅入る…。 京アニ事件への言及、無敵の人をテーマにした物語の設定や構造が悪意ありすぎて、その劇毒にはほとほと滅入る。

あまりの残酷さと不快さに読んでいる間ずっと苦痛が続くのだが、それでも一気読みしてしまう面白さは流石の一言。 序盤に比嘉琴子が登場することだけを救いに最終ページを目指した。傑作だけどしんどすぎるから正直二度と読みたくない、と思うくらいである(でもたぶんまた読む)。


的外れな感想かもしれないが、この物語は澤村伊智先生が描く異世界転生モノへのアンサーなのかな、という風に思った。 ダークさとネガティブさとシニカルを交えて、「現世」から「現世」に異世界転生する残酷絵巻。 そこでは誰でも無双できる。往てし還ることのない、究極にライトなサクセスストーリー。

比嘉姉妹シリーズでは『ぼぎわん』以上に怖い新作は正直もう無理かなーと思ってたけど、恐怖をここまでインフレさせる手腕には驚嘆に値する…。本シリーズは除霊パート(謎解きパート)に入ると途端に怖さがなくなるのが弱点だと思うが、『ばくうどの悪夢』は終盤のエンタメパートに入っても最後まで油断できない。安心できる瞬間がない。 いつ背中に氷を入れられるかわからないような心持ちが続いて、ひたすらずっと怖い。

この怪異は本当によく出来てる。 極めて悪質で恐怖の本源をとらえた怪異。 夢オチが想像できてもなおジェットコースター。悪意をスパイスに味付けすることで濃厚で強烈な恐怖になってて、本当に最悪の読書体験でした(※褒めてます)。


厭ミスは正直苦手なんだけど、本作はオカルトや怪異との相性必然性が最高の状態でブレンドされてて傑作と思う。 性格悪すぎな人間観察は本当に不快の連続なんだけど、魅力的謎とフェアな描写の積み重ねなので読書体験としてはマゾな快楽なのだ。 まあ冒頭から胸糞グロ描写が強烈なので人に薦めるのはためらいますが…。

あと川西市って田舎ではなくない?というのが最初から一貫しての違和感。 川西市行ったことないから知らんけど。 そもそも阪急沿線の街に田舎とか閉鎖的だったりDQN量産タウンていうイメージがない…。 他の私鉄沿線だと治安とか民度が良くない地域は確かにあると思うけど。川西を舞台にしたのは、某登場人物の思考回路がズレてることや想像力の貧困さを表現するための描写やギミックなのかな? 物語の舞台が東大阪市や奈良北部の新興住宅地、逆に美山町などのガチの田舎が舞台だったらまた違った印象を受けたと思う。

しかし澤村伊智先生は本当に80年代生まれ世代の精神を砕こうとあの手この手で仕掛けてくるね。 平成初期の粗暴な原記憶、あるいは平成中期ノスタルジーへの共感生羞恥で、大体どの作品読んでも毎回ダメージ受ける。 世代絞ったマーケティング感覚が的確過ぎてエグいんよ。

無敵の人をテーマにした作品、これからどんどん増えてくんだろうな。 フィクションの中にすら安楽なし、の傾向は厭だなー、とここ10年くらいずっと思ってる。デスゲームとかバトルロイヤルとか異世界転生とか息詰まっちゃう。

というようなことを普段から思っていた矢先からの『ばくうどの夢』だったんでね。 これ、無限月読よりもポルナレフの妹が黄泉返る甘い誘惑よりも、リアリティがすごかった。無限月読はラスボスがとち狂って世界中を巻き込むっていう「はた迷惑」な行為として受け止めてたので、正直ちょっと理解できないとこがあるんですよ。いや別にそんなんせんでもええやん?ってなってしまう、自分事ではないので。

でも「ばくうどの悪夢」の誘惑はすごい刺さる。心の弱さを持たない人間はいないから。一人では抱えきれないほどの心の傷や人生への後悔、繰り返す苦痛、深い絶望を抱えた人間ならなおさら「当事者」として回避するのが難しい誘惑だと思う。心の一番脆いところをピンポイントで狙い撃ちされたとき、苦痛のない世界を選んでしまいたくなる。すべてが無駄で苦痛なだけなら、心が凍り付いて思考停止して死を想いたくなる。その怖さ、寄る辺なき頼りなさは言語を絶する恐怖でリアルだ。最後の瞬間で踏み止まるには「自分以外の他者とのつながり」が絶対必要だ。ギリギリに追いつめられる瞬間は誰にでも訪れうるわけで、だからこのホラーは自分事なのだ。

希望を喪うことがどれほど人間を蝕むか。1秒先の現実を生きるのを拒絶したくなるほどの苦痛に、一人で立ち向かうのは難しいだろう。社会もSNSも等身大の残酷さで描かれる本作だけど、だからこそ生身の人間関係、他者に対する想像力が必要なんだ、という終わりは希望があって良かった。


*******以下重大なネタバレ感想あり。********















余談。
『ばくうどの夢』が一番罪深いと思うのはサイゼリヤとジョジョに熱い風評被害を与えてること。 自分はサイゼリヤはあまり行かないのでそんなダメージ受けなかったけど、好きな人は結構嫌な印象持ったんじゃないかな。アラサーアラフォーで御馳走のイメージがサイゼリヤしかない限界独身男性、その人生経験の少なさの象徴にあのファミレス使っちゃうのかなり意地が悪いと思った…。まあ30代ともなるとファミレスって独身同士で使うことはなくなってくよな、とは思う。サイゼリヤってtwitterでも何回も炎上してるし、なんか分断の象徴といえば象徴なのかもしれない…。本来交わるはずのないクラスタが望まぬ形で同接してしまうのはお互いにとって不幸よな。

問題はジョジョのセリフの方!
アバッキオの友人警官の名言が穢された感じがしてジョジョファンとしてはかなりつらい。 正直、5部のあのセリフみるたびに本作の胸糞エピソード思い出してしまう。タチが悪いのは作者自身がインタビューでジョジョファンを公言してること。 「自作品の胸糞エピソードにジョジョの名台詞を使ったところでジョジョの価値は下がらない」と胸張ってエクスキューズできるわけで非常にタチが悪い(笑) モヤモヤするこの気持ち、どこにもってけば良いんや!ってなる。

余談2。
片桐耕朔のネーミングについて。片桐安十郎+川尻浩作(吉良吉影)からだろうか?どちらもジョジョ四部の連続殺人鬼であるし、川尻浩作に関しては殺人鬼が転生(?)して幸せな家庭を手に入れる人物でもある。終盤ではバイツァダストで「悪い結末」を吹っ飛ばして安楽に守られつつ「やりなおしができる」ところも、本作のテーマにつながりがありそうに思える。


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