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【連載短編】『白狐』3

 白狐の噂を持ち込んだのは、桐田だった。
「ビャッコの話。聞いたことないん?」
 最初俺は、桐田の言う「ビャッコ」が、意味をもたないただの発音に聞こえた。昼休みのガヤガヤした教室内だったから、聞き間違えかとも思った。
「ビャッコ?何それ」
「お前はこの高校に何年おんねん」
「大体1年半くらい」
「そういうことじゃなくて」
 俺の反応に桐田は半ば呆れ顔だった。
「このへんでビャッコって言われても、よく分からんよ。白い虎?」
「俺が言うてるのは狐のほう。白い狐。それで白狐。分かる?」
 狐の噂なんて聞いたことがなかった。俺は桐田の話の要領を得られないでいた。それを察したのか、桐田は説明を足していく。
「この学校の恋の噂だよ。学校の北側に神社があるって聞いたことあるやろ。その神社のあたりの山に白狐が出るんやって」
「そんなところに、白い狐なんて出るんか?」
 俺には信じがたかった。確かにこの辺は、狐をはじめ狸やイタチなどが出てもおかしくないくらいの田舎町だし、実際俺も何回か見たことがある。でも、白い狐なんて。確かにそういう個体がいることは知っているけど、白い狐がこの辺に分布しているとは聞いたことがなかった。
「それも、ただの狐ちゃうんやで」
 桐田は得意げになる。彼はどんどんもったいぶった話し方になる。
「その狐は発光しとるらしいんよ」
「発光?」
 ますます胡散臭い話になってきた。光る生物なんて蛍くらいしか知らないし、いたとしてもそうそういるわけがない。ましてや狐が光るだと?
「どこが光るん?」
「全身。もう全身から、フワァっと光が放たれとるんやって。だから夜中でも、いや、夜中じゃないとその姿は見られへんらしいんやけど、夜中でもよくその姿が見えるって」
 俺はこのあたりから桐田の話を受け流すことに決めた。話としては面白いが、まともに付き合っていられない。
「へえ」
「しかーし!!」
俺の空返事を食うように、桐田は急に大声を出した。周辺の何人かが、俺たちの方を振り向いた。
「なんだよ急に。やめろって」
 俺は周囲の目線を気にしながら彼に注意した。しかし、彼はそんなことお構いなしといった感じで話を続ける。
「大事なのはここからなんだよ、神谷君」
 わざとらしく鷹揚な口調になった。
「これは縁結びの狐なんだよ。カップルで夜にその神社に行って、その狐を二人で見られたら、その二人は永遠に結ばれるというのだよ」
 桐田は話を終えると俺の顔色を窺った。俺は彼の話をポカンとした顔で聞いていた。
 どこの学校でも、白狐の噂のような迷信めいた話はよくある。怪談なんかもよく聞く。3階の男子トイレの個室から女の子の泣く声が聞こえるとか、音楽室の音楽家の肖像画がにやりと笑うとか、どこどこの階段で好きな人をすれ違うと結ばれるとか。恐らく、どんな学校でもその手の話には事欠かないであろう。
 俺の反応は彼の予想したそれとは違ったようだ。
「え?反応薄ない?」
「だって、とても信じられたもんじゃないよ。白狐まではまだ分かるけど、発光するのはないって」
「いや、でも見てみな分からんやんか!」
 桐田は熱弁を続ける。もちろん、俺は真面目に取り合うつもりはなかった。
「早よ弁当食わな、時間来るで」
 俺は話を変えようとした。実際、昼休みは残り10分くらいなのに、彼の弁当はまだ半分以上残っている。
「あ、ほんまや。やっべえ」
 彼は急いで弁当の残りをかき込んだ。案の定、喉につまりそうになった。
「あ~あ、もう。もうちょいゆっくり食えって」
 今度は俺が呆れ顔になった。
 大量の食物が喉元を過ぎると、桐田はさっきの話題を掘り返した。
「で、どうするん?」
「何が?」
「白狐だよ。沙雪ちゃんと、一緒に行かんの?」
 実際、話を聞き流してはいたが、興味がないというわけではなかった。白く光る狐なんて、この町に暮らしていて一度も見たことがなかった。だから、噂が本当なら見てみたいというのはある。所詮は噂話。そう思う気持ちもあるが、それでも好奇心をそそられる話であることには変わりない。
「検討しとく」
「なんだよ。つれやんやっちゃな」
 明確な答えは出さないでおいた。
 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。桐田は結局、弁当を少し残した。


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