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【連載小説】リセット 7

 粉雪が舞い、寒い一日になりそうな気配だった。駅に向かい左のビルの一階に喫茶店がある。
 芳樹は玄関扉を開け中に入った。
 中は薄暗く、芳樹の目が外の真っ白な雪景色から店内の暗さに慣れず、やや暫く戸惑った。

 珈琲を注文し、地元の新聞に目を通した。全国紙に比べ枚数は少ない。
 芳樹は地元欄を開けた。懐かしい地元の小学校の記事が載っていた。
 彼が卒業した母校のことが書かれていた。過疎化で生徒が減少し、翌年の三月で廃校になる記事だった。その記事を読んでいると、珈琲が運ばれてきた。珈琲を啜りながら、芳樹はその記事を目で追った。

 今回の旅の前、松江教授から芳樹の故郷の小学校の教員に姪が勤めているとの話を聞いていた芳樹は、その喫茶店を出てから母校に行くつもりだった。ここから歩いて二十分足らずの場所である。
 携帯からその小学校に電話をしてみた。電話に出た人の話しでは、姪は授業中とのこと。芳樹はこれから学校へ伺う旨伝えた。
 三十分ほど居てその喫茶店を出た。

 母校に向かう途中、生まれ育った我が家があった場所の前で、芳樹はしばらく佇んだ。すでに建物が解体され更地になっていた。

 月日の移り変わりは、誰人たりとも留めることはできない。その更地には雑草が生い茂り、その上に雪が積り、薄化粧をしている。
 雪は無表情であるが、過去の情景を柔らかく包み込んでいる。
 森羅万象、自然の織りなすなかで、自分も生きている。そう感じた。
 懐かしい雪道を踏みしめ、その小学校の校門にたどり着いた。途中何度も雪道に足を取られた。平日の昼前である。

 雪が降り積もった校庭では、子供たちがはしゃぎまわっていた。芳樹は自分も当時は、あの子供たちのように無邪気に走り回っていたことが思い出された。
 子供たちの姿を眺めながら、校舎の方に歩き出した。
 校舎の中に入り、教員室に向かった。
「横峯幸子さん、いますか?」
「横峯先生ですか?」と、中年の男の先生らしき人が芳樹に確認するように尋ねた。
「はい、そうです」
「まだ午前の最後の授業中です。戻ってくるまでどうぞ、そこのソファにおかけください」と促した。
「どちらから?」
「東京からきました。北島と申します」
「ああ、先ほどお電話いただいた・・、しばらくその椅子にかけて待っていてください。じき戻りますから」
 東北弁のなまりがあった。懐かしかった。芳樹は三十分ほど教員室で待った。

「北島さん、お久しぶりです!」
 芳樹は反射的に椅子から立ち上がった。
 幸子は、
「いま帰る支度をしますから一緒にご飯しません。東京にお住まいになっているのでしょう」
「そうです。君はたしか、高校卒業して東京にある某教育大学に入ったときいていたが、地元に戻ったんですね」
「母校の小学校で、二年生の担任をしているわ。先日東京の叔父から連絡を頂き、芳樹さんがここに寄るかも知れないからその時は、会ってやってくれと言われましたの」
「そうだったのか」と初めて芳樹は顔を綻ばせた。
 校長先生に挨拶し、幸子が他の先生に芳樹を紹介した。

 二人は高校卒業まで同じクラスだった。しかし、東京に出てからは、お互いに連絡をとることもなくそれきりであった。

 幸子は大学卒業と同時に故郷に戻り、教員試験を受け、地元の小学校、それも母校で教鞭をとっていた。
 また、松江教授と横峯幸子の実母は兄妹ということを、それまで芳樹は知る由もなかった。
 

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