【長編小説】二人、江戸を翔ける! 2話目:コンビ初仕事④
■あらすじ
ある朝出会ったのをきっかけに、少女・凛を助けることになった隻眼の浪人・藤兵衛。そして、どういう流れか凛は藤兵衛の助手かつ上役になってしまう。これは、東京がまだ江戸と呼ばれた時代の、奇想天外な物語です。
■この話の主要人物
藤兵衛:主人公。隻眼の浪人で、傘張り仕事を生業としている。
凛:茶髪の豪快&怪力娘。ある朝、藤兵衛に助けられた。
お梅
■本文
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それから数日後の夜の四つ刻(約午後十時)。
藤兵衛と凛は中之介の屋敷から少し離れた所で、忍び込むタイミングを伺っていた。今夜は満月だが、今は雲に隠れている。
「緊張してるか? ・・・(汗) 随分気合入った恰好してるな」
目線の先には紺の手甲に脚絆、足には足袋、顔には頭巾と、まるで忍びのような姿の少女がいる。
おそらく、そういった事が書かれた読本でも参考にしたのだろう。
「押忍、親分」
「なんだそりゃ? 別に動きやすい恰好でいいって言っただろ? とりあえず頭巾は取れ。視界が狭くなるから」
「せっかく夜なべして作ったのに・・・」
凛はぶつぶつ言いながら頭巾を取る。この様子だと緊張はしていないのだろうと、藤兵衛は一先ず安心する。
「さてと、そろそろいくか。 何か聞いておくことは?」
凛はすかさず、さっと手を上げる。
「今夜にしたのは、どうしてでしょうか?」
「ああ・・・。丁度いいから言っておくか。こういう仕事ってのは、失敗は許されない。自分の身に危険が及ぶのは言うまでもないが、下手をすると依頼人にまで迷惑が及ぶ可能性があるからだ。だから、機会を選ぶのは大事なことなんだ。自分に一番有利な条件・・・」
「それが満月の夜ってこと?」
「そういうこと」
(何で有利なんでしょうか? 目が光る事は満月と関係があるんでしょうか? ついでにどうして光るんでしょうか?)
疑問だらけだったが、そこには敢えて触れず、
「ウス。わかりやした、親分」
と答える。
「権利書がどこにあるかわからんが・・・ なるべく今夜でカタをつけよう。俺のそばを離れるんじゃないぞ」
「押忍、親分」
そうして二人は屋敷へ近づいていった。
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正門には案の定見張りがいたため、横の塀を乗り越えることにする。
先に藤兵衛が軽々と塀の上に登り、中の状況を確認する。
大丈夫だと合図を送ると、凛も軽々と登ってきた。彼女の身体能力はかなり高いようだ。
その後も屋敷へ侵入、部屋に忍び込み、と進んでいくが凛は平然とついてくる。
(・・・こいつ、なんか手馴れてないか?)
疑問に思っていると、凛がささやいてきた。
「親分、親分」
「・・・普通に藤兵衛でいいよ。なんだ?」
「あたしの勘だけど、権利書は寝室にあるのでは?」
なるほどと思い、寝室を探し出して中へ入ると文机の上に箱があるのを見つける。箱を開けると権利書の束が入っていた。お見事、大当たりであった。
「おぉ・・・ 本当にあった。やるな、凛」
「ふふん。こう見えて、人が隠しているものを探し出すのは得意なのよ。お梅さんが隠し持ってる高級おやつとか、よく見つけてはつまんでるからね」
自慢げに話しているが、威張れる事ではない。
凛の言う事はスルーし、藤兵衛は権利書を月夜に当てて喜之助のものだと確かめ、懐にしまう。
「さて、ずらかるか」
藤兵衛の終了宣言を意外に感じたようだ。
「あれ? 他の権利書は持っていかないの? この人、きっと喜之助さん以外にも同じような事をしてるよ」
「そうかもしれないが、今回の依頼人は喜之助で、依頼の内容は彼の権利書の回収だ。それ以外の事をする必要はない」
これに凛の正義感に火が灯る。
(何よ、それ! 随分冷たいのね。 いいわよ、じゃあ私が持っていくわよ!)
そうして他の権利書を掴むと、
むにゅっ
変な感触がした。
(? なにこれ?)
生温かい感触を不思議に思い、掴んだ物体を目の前に持ってくる。
なんと、そこには大きなネズミが目をパチくりさせていた。
「ぎ、ぎぃやーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
屋敷中に響き渡る叫び声。
そして手にしたネズミを放り投げ、寝室の中を駆け回る凛。
「な、なんだなんだ!?」
これには藤兵衛も驚き、錯乱する少女を慌てて止めようとしたが既に手遅れであった。この騒ぎであっさりと見張りに気付かれてしまったのだった。
つづく
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