見出し画像

【長編小説】二人、江戸を翔ける! 2話目:コンビ初仕事①

■あらすじ
 ある朝出会ったのをきっかけに、少女・りんを助けることになった隻眼の浪人・藤兵衛とうべえ。そして、どういう流れか凛は藤兵衛の助手かつ上役になってしまう。これは、東京がまだ江戸と呼ばれた時代の、奇想天外な物語です。

■この話の主要人物
藤兵衛とうべえ:主人公。隻眼の浪人で、傘張り仕事を生業としている。
りん:茶髪の豪快&怪力娘。ある朝、藤兵衛に助けられた。
お梅婆さん:『よろづや・いろは』の女主人。色々な商売をしているやり手の婆さん。

■本文
----------------------

 ここは日本の中心地、江戸。大勢の人が行き交う中に混じって青年と少女が並んで歩いている。
青年は浪人のような成りで、顔の右半分を覆うように前髪を下ろしている。

少女の方は小袖に帯とここまでは普通だが、髷は結わずに髪を肩にかかるまで下ろし、髪の色も茶髪に赤っぽいのがところどころ混じっている。この周囲から浮いている二人組は、江戸の街を観光していた。
 
この二人の名は、青年は藤兵衛、少女はと言う。
少し前にすったもんだの末に凛は藤兵衛に助けられたのだが、どういう訳か、凛は藤兵衛の裏稼業を手伝う事になった。
藤兵衛が江戸の街がよくわからないというので凛が案内役を買って出て、こうして二人で歩いている。

「あ、藤兵衛さん。ここが浅草寺せんそうじです。で、あれが大門、通称雷門ですね」

「は~、でっかい提灯・・・」

「年の瀬のとりの市になると、ここら辺はもんのすごい人だかりになるんですよ」

「今だってこんなに人がいるのに、更に集まるのか。ちょっと想像がつかないな」

建物よりも人の多さに驚いていると、凛はころころと笑いだす。

「藤兵衛さんがいつまで江戸にいたのか知らないですけど、江戸には人がどんどん集まってきてるんですって。で、ここの裏手にある与兵衛寿司よへえずしってのが、これまたおいしいんですよ。せっかくなので食べていきましょ」

参拝そっちのけで凛は店の方に歩き出す。その様子を見て藤兵衛は、

(そういやさっきは饅頭屋。その前は菓子屋。更にその前は最近評判だっていう天麩羅屋を案内してたな。どうも食べ物関係に偏ってるような・・・)

と疑念を抱き、立ち止まる。

「どうしたの? 早く行こうよ」

すると、凛が急かしてきた。

(あの娘はまだ食えるのか?)

藤兵衛は満杯のお腹を引きずりながら、凛の後をついていった。

----------------------

「ふ~、茶がうまい」

観光の後、藤兵衛はお梅婆さんの仕事部屋でくつろいでいた。
お梅婆さんは藤兵衛が生計たつきとしている傘張り仕事の注文先であり、裏稼業の案件を回してくる人でもある。

「江戸観光はどうだったい? あんたが昔いた頃とは、だいぶ変っただろ?」

「ええ、変わってますね。特に、食べ物屋が増えてますね」

凛に案内される先々で色々な物をおごってもらったと藤兵衛は話す。

「へぇ、あの娘が払ったのかい。珍しいねぇ、あの締まり屋が。よっぽど、あんたの事が気に入ったんだねぇ」

さも可笑しそうに、お梅婆さんは煙管から紫煙をくゆらせた。
ここで藤兵衛が何かを思い出したのか、お梅婆さんに詰めよる。

「あ、そうだ! そう言えば、凛に何を吹き込んだんですか?」

「あん?」

お梅婆さんは何のことだ、という顔をする。

百の善行ぜんこうって何ですか! 初耳なんですけど!」

「百の善行? なんだい、そりゃ。あたしゃそんな事は一言も言ってないよ」

迫る藤兵衛の顔を手で追いやると、煙管を吹かしながら凛とのやり取りを語り出した。

----------------------

凛が父親の仇を見事に晴らした夜の翌日。
お梅婆さんは凛を呼び出し、藤兵衛の素性について語り出す。
初めは言葉を選びながらだったが、やがて核心に触れる。

「凛は、あいつが白光鬼はっこうきだってのはもう知ってるのかい?」

「ええ・・・ 越後屋にいた吉佐きちざって人がそう話してました。その後、藤兵衛さんも『そうだ』って言いました」

「そうかい、それなら話が早い」

お梅婆さんは凛を見据える。

「凛、あいつとはもう関わるんじゃないよ」

「嫌です」

この即拒否にお梅婆さんは面喰らう。

「ずいぶん即答じゃないかい。白光鬼の噂ぐらい聞いたことはあるんだろ?」

強盗、殺人、何でもござれの極悪人。要は、悪評しかなかった。

「それは知っています。だけど、藤兵衛さんは『だった』って言ってました。それに、あの人と話をしてても、とても噂で聞いてた凶悪犯には思えないんです。何かの間違いなんじゃ・・・」

「間違いじゃないよ。あいつ本人も認めたんだろ? そりゃあ、あんな噂が付いた『二つ名』なんざ捨てたくなるだろ」

ここで煙管を咥え、お梅婆さんは一服を始める。

「あいつは、ある日ふらりと私の前に現れてね。昔の知り合いの紹介状を持っていたから、とりあえず面倒見ることにしたんだよ。・・・あんたも薄々気付いていると思うけど、あたしは表沙汰にしにくい、ちょいと厄介な仕事を引き受ける事もあってね。腕が立つなら丁度いい、ってちょくちょくあいつに回してたのさ」

「・・・・・・」

「て、ことはだ。あんたもあいつと関わると、そのうち厄介事に巻き込まれるかもしれないよ?」

「構いません。どっちかって言うと、私も巻き込んじゃった方ですし」

一向に考えを改めない凛に業を煮やしたのか、お梅婆さんは少し迷った後、

「・・・これはあんまり言いたくなかったけれど、しょうがない」

と、驚くことを切り出した。

「・・・いいかい、凛。 あいつは、実はとんでもない変態なんだ!」

「へ、変態!?」

「そうさ。下は六つから上は六十まで、女と見れば見境なし。これまでも泣かせた女は数知れず、だ。そんな奴と一緒にいたら、そのうち襲われるかもしれないよ!」

当然これは諦めさせるための、お梅婆さんの作り話である。
そうとは知らない凛は暫し困惑していたが、やがて言葉を選ぶように語り始めた。

「藤兵衛さんは、なんというか・・・ 迷ってると思うんです」

「ん?」

お梅婆さんは首を傾げる。

「あの時話を聞いてて、何に対してかわからないけど、この人は迷ってるって感じたんです。私は藤兵衛さんに助けられた恩があります。それも、いくらお礼を言ったって足りないくらいの・・・。だから、今度は私が助けてあげたいんです!」

凛はお梅婆さんの目を見て、はっきりと言った。

「変態なのは、男だからしょうがないかもしれないけど・・・」

最後に、ごにょごにょと付け加えてはいたが。
それでも決意の固さは伝わったのか、お梅婆さんは軽くため息をつくと、

「そうかい。それなら、止めはしないよ」

と、静かに言うのだった。

つづく

この記事が参加している募集

文学フリマ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?