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【小説】とあるおウマさんの物語(23話目-最終話:それから)

前回までのあらすじ

理念は「2着こそ至上」。能力はあるけど、上は目指さず気ままに日々を暮らしていた1頭の芦毛の競走馬:タマクロス。
なんだかんだでGⅠ天皇賞・秋に出走し、先頭に立っての大逃げ展開となる。そして、最後の直線では力を振り絞って現役最強馬とマッチレース状態に!並んでのゴールとなったが、果たしてその結末は・・・


本文

 ある晴れた日。パドックと呼ばれるサークル状の広場を、緊張した面持ちをした馬が十数頭周回している。その様子を少し離れたところで俺は見ていた。眺めながら俺はふと、あの天皇賞の事を、全力を出し切ったレースの事を思い出していた。
 
ゴールした後のことは正直よく覚えていなかった。後からグラスに聞いたのだが、俺とスペシャルデイどちらが勝ったのかは写真判定となり、決まる迄にかなりの時間がかかったらしい。

暫くして掲示板に1着『9番』、2着『4番』、間に『ハナ』と表示された瞬間は、それはもの凄い大歓声だったとか。
そして、そんな歓声の中、俺は静かにぶっ倒れたらしい。
 
そう、俺は負けたのだった。
 
目が覚めたのは厩舎に戻ってからで、気が付いた時は既に夜だった。
鈴木厩舎の面々が勢揃いで、調教師のおっさんや小坊主が泣きながら、『うおぉ~、ダマ~~!』と抱きついてきたのは覚えている。小坊主の様子がヨレヨレだったが、それは俺が失神したのは小坊主が無茶させたせいなのではないかと責められ、調教師から俺が目を覚ますまでの間、プロレス技を掛けられていたからだということを、後から聞いた。
 
その日は大事を取って様子見とし、検査は明日行う事と決まった。皆が解散すると俺は一頭馬房に残された。暫くすると、後ろにある出窓からコンコンと音がするので、覗き込むとジンロ姐さんが立っていた。
 
「タマ、大丈夫?」

その夜もきれいな月が出ていて、姐さんの体を美しく照らしていた。

「ああ、姐さん。大丈夫ですよ。・・・俺、精一杯出来ましたかね? 姐さんの言うように、命を・・・燃やせましたかね?」
 
俺が問うと、姐さんは何度も頷いて、

「うん、うん・・・やったわよ、タマ。出来たわよ、タマ。・・・ありがとね。ありがとね。」

そう答えていたが、姐さんが何故お礼を言うのかわからなかった。ただ、姐さんの目から涙が零れ落ち、眩しく光っていたのはよく覚えている。
 
ジンロ姐さんはその後何も言わずに去って行ったが、その一月後に引退する事が決まった。
 
『停ま~~れ~~』
 
大きな合図が発せられ、俺はふと我に返る。
あれからもう数年経ったのかと、時が経つのは早いものだとしみじみ思う。
俺は結局GⅠでは勝てなかったけれど、重賞を幾つか勝ち、無事に引退できて今はこうして第2の馬生を歩んでいる。
 
(ん? この豪華な衣装でわからない?)

そうです。なんと、誘導馬になれたのです。
やはり、このハンサムな顔が決め手だったのかも (笑)
 
パドックを見ると、騎手が跨りいよいよレース場へと向かう準備を始める。この段階になると後輩たちの顔もピリッと引き締まり、勝負に臨む顔に変わっていく。そんな後輩たちの先頭に立って、俺はゆっくりと歩く。
 
地下通路を歩きながら、俺はグラスから聞いた鈴木厩舎の近況を思い返していた。
 
ジンロ姐さんはすでに2児の母親になっており、来年には長男がデビューするとの事で今からとても楽しみだ。
 
グラスワインダーは、あいつは無駄に元気があったけど、今もまだ現役でダート路線で頑張っている。
 
オルフェーブーも同じようにまだ現役を続けているが、メグロマックは引退し、セラピスト牧場で働いているとのこと。・・・あいつがセラピストだなんて、変な感じもするけど。
 
メシちゃんことメシアマゾンは最近引退し、繁殖牝馬として北海道の牧場に移動したとのこと。移動前は「イケメンを捕まえるんや~」と相変わらずだったらしいが、メシちゃんの子ならさぞかし元気な子が生まれるだろう。
 
大親友ではないが主戦ジョッキーだった小坊主は、顔立ちは大人びてきたけど腕の方は相変わらずとのことで、調教師のおっさんや鈴木厩務員三名とも仲良くやっているらしい。
 
思い出に浸りながら歩いていると、いつの間にかレース場に到達し、俺の脇を後輩たちが元気よく駆け抜けていく。

そんな後輩たちを見て思うのだ。俺も確かにここで走っていたと。

そして、なんだかんだ言いながらも、精一杯やり切ったと。
 
さわやかな風が吹いてくる。
その風が芝生を揺らし、すっかり白くなった俺の体をなでていった。

おわり


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