【短編小説】異世界:魔法使い(氷系)の商売
ここは魔法が存在する西洋ファンタジー的な世界。これはそこで暮らす、とある職業人の物語である。
私の名はグラース。王都で菓子店を営んでます。
ライバル店も多い中、それなりに繁盛しているんですよ? それには秘密があるのです。
実は私、魔法が使えるんです。
それも氷系の魔法が得意で、冒険者時代には何でも凍らせましたわ。
魔物や猛獣、言い寄る男達や寒い親父ギャグを言うおっさんとか。
そんな特技を菓子に応用して、ジェラートやアイスケーキなるものを発明しました。
それが売れまくってるんです!
ククククク・・・ (忍び笑い)
値段はお高めですが、ターゲットは富裕層や高貴な方たちに設定していますから全く問題ありません。
このまま、順調にいくかと思ったのですが・・・
「グラ姉、『冷凍機』って知ってます?」
「霊闘気? なんですか、その新しい必殺技みたいなものは?」
「なに無理矢理なボケかましてるんですか、グラ姉。冷・凍・機、です! 凍らせる魔道具ですよ!」
ボケたつもりはありませんでしたが、この丁寧にツッコミを入れてきた少年は甥っ子のオルムと言います。
私の店を手伝ってくれていますが、働き者でとても助かっています。
まあ、少し真面目すぎるところがありますが・・・
「もちろん、知ってますよ。でも、実用化には程遠い代物だと聞いてたけど」
「ところが最近の技術革新で一気に進んで、もう量産間近って噂ですよ」
「え・・・」
『技術革新』
私はこの言葉が大っ嫌いです。
使える人の数は少ないですが魔法があるんだからそれに頼ればいいのに、万民の為だとか言って『誰でも使えて便利なもの』ですって?
そんなものがどんどん出てきたら、私たち魔法使いの優位性が無くなってしまうではありませんか!
「・・・グラ姉、今ブラックな事考えてたでしょ?」
「(ドキッ)そ、そそそんな事ないですよ。そんな便利なものが出回ったら、私の店の売上が落ちて豪遊生活が出来なくなって困る、だとか全然考えてないですよ?」
「考えてるじゃないですか・・・」
オルムが呆れ顔でため息をついたので、私は叔母の威厳を取り戻そうと慌てて付け加えます。
「そもそもオルム、あなただってそういうモノが出て来たら困るのでは? 魔法の優位性が無くなるのかもしれないのですよ?」
実は甥のオルムも魔法を使えます。それもあって、私の商売を手伝ってくれているのです。
「そんなのわからないじゃないですか。技術と魔法が融合して更に新しいものが出来て、世の中がもっと良くなっていくかもしれないじゃないですか」
何とまあ見事な優等生発言! まだまだ世の中の厳しさを知らないようですね。
「あなたはお菓子店で働いているせいか、世の中を甘く考えすぎですね。いいですか? 世の中の既得権益層は自分の地位を守るためには、邪魔になりそうな存在を小さな芽のうちに摘み取っていくのですよ?」
「またブラックなこと言って・・・ そんなだから恋人が出来ないんですよ? それと、お菓子店で働いてるとかは関係ないと思いますよ」
ああ言えばこう言う。しかも、私が気にしている事を・・・
「ふん。恋人が出来ないのではなく、作らないだけです! 今は商売の方が楽しいのですから・・・ そうだ!」
「どうしたんです?」
「その冷凍機とやらを、今のうちにぶっ壊しておけばいいんだわ。これで、私の優位性は揺らがない。ククククク・・・」
忍び笑いをすると、オルムが呆れた様子で言いました。
「そういう笑い方をするから『氷の女王』って陰で呼ばれて敬遠されるんですよ?」
しかし、オルムの苦言は私の耳にはもう届いていませんでした。
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その深夜。私は早速、話題にのぼった『冷凍機』を開発しているという魔道具研究所に忍び込みました。
これでも冒険時代には『色々と』経験積んでいますから、こういったことも得意なのです。
しかし、初めて来ましたが色々な開発がされているようですね。
「これは・・・『全自動計算機』、ですか?」
なんだか棒から腕が2つ生え、中心に小さな算盤が据えられた物体がありました。おそらくこの算盤で計算してくれるようですが、見ると桁が4つしかありません。これでは、自分で計算した方が早い気がします。
「変なものを開発してるのですね・・・。おや、これは?」
次いで見かけたものは『ゴミ分解機』という名札がついた装置。
「便利そうですが・・・ デザインがなってませんね」
というのもこのゴミ分解機、人が上半身だけ残した形をしていて、口を大きく開け苦しそうな顔をしています。
おそらくはこの口からゴミを入れるのでしょうが、こんな呪いの人形みたいなモノを誰が使うのでしょうか?
「全く、研究所が聞いて呆れますわ。オルムにも見せてあげたいですわね。あなたの言う技術革新など、所詮この程度のものでしかないと」
ポンコツばかりの開発品を見た私は少し安心し、お目当てのものを探していると・・・ありました、ありました。
ご丁寧に扉の入口に『冷凍庫開発室』と書かれた銘板が飾られていました。
扉を開け、静まり返ったその部屋へ入ると・・・
部屋の中央に私と同じぐらいの高さの箱が置いてありました。
「これね、冷凍機は」
見ると先程のポンコツ品とは違い、出来栄えが良さそうな装置でした。
「これはやばそうですね・・・。こういう私の生活を壊すものは・・・ こうよ!」
私の魔法が美しく炸裂! 見事に冷凍機は氷漬けとなりました。
「冷凍機を凍らせて壊す・・・ こんなセンスのある壊し方が出来るのは私ぐらいのものですわ。クク、ククククク・・・」
勝利の忍び笑いが部屋にこだましていました。
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ところが、あれから暫く経った日のことです。
「壊すって言ってたけどグラ姉、協力したんですね?」
「は?」
私は初め、オルムの言っている事が理解できませんでした。
「冷凍機を氷漬けにしたのってグラ姉の仕業でしょ? その氷魔法が研究されて一気に開発が進んだみたいで、量産が前倒し出来たみたいですよ? もう何台か発売されてるんですって」
そう話すオルムはどこか嬉しそうな顔しています。
「ええ“!!」
なんという事でしょう。私の魔法が優秀過ぎて、逆に敵に塩を送る結果になってしまっただなんて。
「ああ・・・ 私の豪遊生活が・・・」
がっくりと落ち込んでいると、オルムが声をかけました。
「まあまあ、グラ姉。いいじゃないですか。あれ、見てくださいよ」
オルムが指差した方向を見ると、女の子と母親の二人連れが歩いていました。そして女の子は片手に何かを持って、それを食べながら歩いています。
「・・・あれが何か?」
「あの女の子が持ってるもの、あれは最近発売された『アイスクリーム』っていうお菓子なんですって。冷凍機が出来たお陰で安価に大量に出来るようになったみたいですよ」
よく見ると、その親子連れは見るからに裕福そうではなく、正直私のお店には縁が無さそうな方たちでした。
「あの女の子、とても嬉しそうな顔してるじゃないですか? あんな笑顔にしたのはグラ姉だって思えば、気分は悪くないでしょ?」
確かにオルムの言う通り女の子は幸せそうな顔をし、母親にも時々食べさせてあげています。
「・・・そうね」
私はそう呟いて、幸せそうな笑顔で歩く親子を暫く眺めるのでした。
おわり
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