見出し画像

【長編小説】二人、江戸を翔ける! 4話目:江戸城闖入騒動③

■あらすじ
 ある朝出会ったのをきっかけに、少女・りんを助けることになった隻眼の浪人・藤兵衛とうべえ。そして、どういう流れか凛は藤兵衛の助手かつ上役になってしまう。これは、東京がまだ江戸と呼ばれた時代の、奇想天外な物語です。

■この話の主要人物
りん:茶髪の豪快&怪力娘。『いろは』の従業員兼傘貼り仕事の上役、兼裏稼業の助手。
ひさ子:藤兵衛とは古い知り合いのミステリアスな美女。
お梅婆さん:『よろづや・いろは』の女主人。色々な商売をしているやり手の婆さん。

■本文

 凛はお茶を出すと、黙って部屋を出ていく。本当は盗み聞きをしたい気分だったが、既にお店が開き客も入り始めたため、後ろ髪を引かれる思いで店に出る。

 凛が出ていった後、お梅婆さんとひさ子はお茶に口をつけ、そこから会話に入った。

「・・・さっきの凛の驚きようから察するに、もう顔見知りだったのかい?」

「ええ。今朝に少しばかりでしたけど」

「・・・なるほどね。(それで、あんなに荒れてたのかい)」

 ひさ子の悪戯っぽい笑みを見て、お梅婆さんは凛の荒れっぷりの謎が解け、おもむろに煙管に火を点ける。

「で? あの話はあいつ、藤兵衛は承諾したのかい?」

「ええ。表向きは『盗まれた品物を取り返す』という体にしましたわ。本当の理由は伏せるってお話でしたものね?」

「ああ、それでいいよ。そうでないと、手を抜くかもしれないからね」

会話の内容は、藤兵衛に持ちかけた案件についてだった。

「でも・・・ お梅様の言葉を疑う訳ではないのですけれど、『訓練』というのは本当なのですか?」

 ひさ子は信じられない思いなのか、念を押すように確認する。
 すると、お梅婆さんは一度ゆっくりと紫煙を燻らせ、やがて口を開いた。

「まあ、あんたが疑問に思うのもわかる。あたしも初めは驚いたからねぇ。・・・この依頼は、北町奉行を通して、江戸城側用人の弥陀之介っていうお偉いさんが直々に出向いてきたのさ」

「側用人、ですか」

思わぬ大物が出てきたせいか、ひさ子の声が少し上ずった。

「ああ、初めは、江戸城勤番の緩みをどうにかしたいって内容だったんだけど、それなら抜き打ちの訓練でもしたらどうだい? て提案してね。その後話を詰めて、あんたに依頼した中身に落ち着いたのさ」

「私と藤が江戸城に忍び込んで将軍様の寝室に忍ぶ込む。そしてそこにある手箱を開け、紙に適当なことを書いて、逃げる、ですよね」

「ああ、それで合ってるよ。・・・まあ、ホントの狙いはあんたたちが無事に成功させた後、それを綱紀粛正の口実にすることだけどね」

ここでお梅婆さんとひさ子は、茶を一服する。

「・・・この話を知っているのは?」

「側用人と将軍様、それに私とあんただけだよ。極秘中の極秘さ」

「将軍、もですか」

将軍の名が出たため、ひさ子は大いに驚いた。

「よく、そこまでお話くださいましたね」

「そりゃあ、そうさ。あんたたちも命を賭けることになるからね。いいかい? 訓練ってことを知ってるのはほんの一握りしかいない。だから、向こうは本気で捕えようとしてくるからね」

「ええ、それはわかっていますわ」

「この話にまとまった時、これをやり遂げられるのは、あんたと藤兵衛しかいないと思った訳さ」

「・・・それは、光栄ですわ」

「まあ、仮に捕まっただけなら、後でどうにでもするさ。あたしの期待に応えておくれよ」

その後、お梅婆さんは再び煙管を咥える。

「今回の件ですけど、あの茶髪の娘には・・・」

「凛には言っちゃいけないよ。あの娘には荷が重すぎる」

ひさ子が気にかけていたことを話すと、途中で釘を差された。

「わかりましたわ。藤もそのつもりのようでしたし」

「・・・あいつも、そこら辺はわかってるみたいだね」

お梅婆さんは満足気に頷いた。

「ところで、決行日はいつでもいいのでしたよね? それでは今夜にでも動きますわ。丁度満月で、天気も良いですし」

「細かい事はお前さん達に任せるよ。・・・ところで、あいつに直に会ったのは久しぶりだったんだろ? どう思った?」

ひさ子は一瞬目をそらすと、素直に語った。

「正直、驚きましたわ」

「ほう」

「あの何にでも無関心だった藤が、あんなに感情を出すなんて。しかも、あの夜型人間が朝起きて、ご飯食べてたんですから」

「・・・確かに、初めて会った頃から比べると、最近はちぃとは明るくなった気がするね」

「でしょう? あの、陰気キャラが。生きながら死んでるんじゃない? って感じだったのに」

ひさ子は藤兵衛の昔を知っているようだが、余程ひどかったのだろう。藤兵衛は随分とボロカスに言われている。

「ああなったのは、あの茶髪の娘がきっかけだったんですよね?」

「かもね」

「そう考えると・・・ ちょっと、イジリたくなりますよねぇ・・・」

最後は遠くを見つめ、妖しい笑顔を浮かべていた。ひさ子の呟きが聞こえていたお梅婆さんはふっと笑い、

「まあ、ほどほどにしときなよ」

と、軽く釘をさす。
その後、二人は町の噂話や、とりとめもない雑談などを交わすのだった。

つづく

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?