【長編小説】二人、江戸を翔ける! 2話目:コンビ初仕事⑤(最後)
■あらすじ
ある朝出会ったのをきっかけに、少女・凛を助けることになった隻眼の浪人・藤兵衛。そして、どういう流れか凛は藤兵衛の助手かつ上役になってしまう。これは、東京がまだ江戸と呼ばれた時代の、奇想天外な物語です。
■この話の主要人物
藤兵衛:主人公。隻眼の浪人で、傘張り仕事を生業としている。
凛:茶髪の豪快&怪力娘。ある朝、藤兵衛に助けられた。
中の介:地上げ行為をする、ネズミ顔の小悪党。
■本文
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凛を落ち着かせるのに時間がかかり、その間に大勢の荒くれ者が集まってくる。そして、屋敷の奥から小男が現れた。
あれがこの屋敷の主人、中之介かと藤兵衛は見当をつける。
「ふぇっふぇっふぇ。どうやら、ネズミが紛れ込んできたようでちゅね」
そう語る中之介の顔は目は小さく窪んで前歯が出ており、ネズミそっくりだった。ネズミ男は荒らされた寝室の様子を見て、険しい顔つきになる。
「お前ら、さてはあれを取返しにきたんでちゅか?」
「・・・・・・」
藤兵衛は黙っている。
「盗んだものを大人しく返せば、命だけは助けてやるでちゅよ。さもなくば・・・」
ここで凛が割り込んできた。
「何よ。元々はあんたが騙して手に入れたものじゃない。こっちはただ返してもらいに来ただけよ。何もやましいことなんてないわ」
「・・・なんでちゅか? この小娘は?」
中の介は凛を怪訝そうに見る。
「大体何よ、あんた。ネズミみたいな顔して。そんな顔してるから、こそこそと卑怯な手ばっかり使うのよ。名前も『なかのすけ』なんかより『ちゅーのすけ』に変えた方が合ってるんじゃないの!?」
ネズミの一件で余程気が立っているのか、罵詈雑言の嵐であった。
「な、なんでちゅと! 人が気にしてる事をずけずけと! 許さんでちゅーー!!」
中之介はいきりたっているが、取り巻き連中の何名かは笑いを堪えていた。どうやら、普段からそう思っているのだろう。
そんな微妙な空気になった中、人混みの奥から大柄な男が前に出てきた。
「なかなか気の強い嬢ちゃんだな。自分の置かれてる状況をわかっているのかい、嬢ちゃん? 俺らは度度須古組のもんだ。この意味がわかるだろう?」
「よ~く知ってるわよ。弱い人たちを脅すしか能のない人達でしょ? あっちがネズミなら、あんたたちはさしずめドブネズミってところかしら」
脅されても、萎縮するどころか逆に言い返す始末。見ている藤兵衛の方が、はらはらとしてきた。
「ほう。言ってくれるじゃねえか。どうやら痛い目に合わないと、わからねえらしいな」
大柄の男があごをしゃくる。
「おう! こいつらを可愛がってやんな!」
「「お、おう!」」
掛け声に呼応するように、さっきまで笑いを堪えていた度度須古組の連中が襲いかかってきた。
「じゃ、そういうことで後はお願いしますね」
煽るだけ煽った凛は、藤兵衛の後ろに早々と避難する。
(やっぱり、こうなるのか)
任された藤兵衛は、半ば呆れながらも男達と対峙するのだった。
(きっとこの前みたいに藤兵衛さんの目が光って、鉄傘で相手を吹き飛ばして・・・)
という展開を凛は期待していたが、そうはならなかった。
藤兵衛は抱えていた鉄傘は下に置き、素手で対応している。それでも相手の攻撃を躱し、殴ったり投げ飛ばしたりと全く問題にしていなかった。
最後に残った大柄の男も難なく投げ飛ばすと、藤兵衛は余裕の表情でつぶやく。
「ふん。こんな奴ら、石の力を使うまでもない」
(へ? 石?)
凛にもそのつぶやきは聞こえていたが、何を意味しているのかさっぱりわからなかった。
一方、あっという間に度度須古組の連中を倒された中之介は、半ば狂乱状態。
「ひ、ひいい! ど、どうかご勘弁を。け、権利書はお返ししまちゅから~」
吐き捨てるように言った後、まるでネズミのようにどこかへと逃げ去っていった。
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帰り道のこと。
箱にあった権利書は全て持ち帰り、初仕事は無事成功に終わったわけだが凛はどこか気まずい顔をしていた。
「あの~、藤兵衛さん?」
「ん?」
「さっきの事、怒ってる? あの、私が騒いで見つかっちゃったこと・・・」
胸の前で指をいじりながら話すのは、気まずい時の癖なのだろう。
「怒ってはないが、良いことではないな」
「やっぱり」
ガクッと肩を落とす凛に向かって藤兵衛は続ける。
「今回は大した相手じゃなかったからいいものの、見つかるってことは身の危険に繋がるからな。・・・でも、初仕事にしてはまあまあだったんじゃないか」
「え?」
凛は顔を上げ、藤兵衛の言葉を待つ。
「相手の調子を崩して、こっちのペースに持っていけたし。・・・それに」
(楽しかった)
その一言は口には出さず、藤兵衛は満月に照らされた夜道をスタスタと歩いていく。
「それに? その後は何て続くんですか? ねえ、藤兵衛さんったら~」
言いかけた言葉が気になる凛。
藤兵衛にしつこく聞きながら、後を追いかけていくのであった。
この一件の後、強引な地上げが奉行所の上層部が知ることとなり、再開発の話は立ち消えとなったのだった。そのせいか、中之介は江戸の街から姿をくらまし、度度須古組も大人しくなったとのこと。
そして権利書を取り返してもらった喜之助含めた面々は元通りの生活に戻る事が出来、商売にいっそう励むのであった。
~コンビ初仕事・完~ 次話へとつづく
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