もともと自分のことを話すのは苦手だけれど、 生まれてきてくれるであろう我が子に、特にどう伝えたらいいのかと、気がかりなことがある。 そのひとつが、兄のことだ。 **** きっと、誰でも、何らかのタイミングで、障害のある人と出会うんだと思う。 私は小学生と関わる仕事をしていたから、その出会いの瞬間を目にすることがたくさんあった。 こどもたちの反応によっては 「なんてひどいことを言うの?」「許せない!」 と、非難する大人がいることも目の当たりにしてきた。 確かに
ご無沙汰しております。 ありがたいことに読んでくださる方が増えていること、大変嬉しく思っています。 前回の投稿から随分時間が経ってしまったのですが... その理由のひとつが、まさにタイトル通り。 こんな私ですが、「妊娠しました」 *** 結婚できない。 子ども産みたくない。 私には育てられない。 ずっと、そんなことばかり思っていました。 自分に自信がなく、親から愛されているのかも不安で、おまけに障害のある兄もいる。 「子どもがほしい!」とまっすぐ口にする
「ドキュメンタリーの題材になってくれない?」 と、言われたことがある。 「◯◯(私)の人生、ドラマみたいだし、絶対泣けるのがつくれると思って」と。 障害のある兄のいる私は、泣けるドキュメンタリーにぴったりだと思われたようだった。 本来であれば、光栄なことだと思う。こんな私が取り上げてもらえるなんて、思っても見ない話だ。 でも。それでも。 そう頭ではわかっていても、私は喜ぶどころか、猛烈な虚しさに襲われた。 私の人生はドラマみたい、じゃない、、と。 ドキュメンタ
私は、兄の障害を知らなかった。 まだたかが六歳くらいの私は、食事中、何の気なしに言ってしまった。 「私のお兄ちゃんって、どこか悪いの?」と。 その瞬間。 食卓が凍りつき、父親からものすごい剣幕で言われた。 「そんなこと言うな」と。 その顔があまりに怖くて、わけもわからず、トイレの中でわんわん泣いた。 あの日、とんでもないことを聞いてしまったことだけは、よくわかった。 * それからも、何度か母にこっそり聞いたことがある。 でも、決まってはぐらかされた。 聞
私の心の中に、引っ掛かっていることがある。 それは、私の名前の由来を、母親も、父親も知らないことだ。 小学生の頃、たしか8,9歳くらいのころ。 自分の名前について発表する授業があった。その前段階で出されたのが、親に名前の由来を聞くという宿題。 家に帰って、母親に聞くと、 これがまさかのまさか、 わからないと言うのだ。当然わかると思っていたのに。 そして、その後父親に聞いてみても、まさかの同じ答え。 思わずポカーンとしていたら、 「辞書で引いてみたら?」と、と
こんな私が恋愛をしていいのか。 結婚を望んでいいのか。 兄が障害を持っていることは、いつも私に後ろめたさを感じさせた。 でも、そんな私も、今では結婚している。 そして、不思議なことに、兄と夫はなぜだかとても仲が良い。 私の実家に行くと、一緒にテレビを見たり、おしゃべりしていたりする。 素直に出せないけど、本当はとっても心が温まる瞬間だ。 * でも、それは今だから、の話。 夫に初めて兄のことを伝えるとき、 受け止めようと頑張ってくれちゃうんじゃないか、どうし
誰かの自殺を知るたび、悲しみと共に、心のどこかが疼く気がする。 それは、私にも必死に「死に方」を探していた時期があったからだ。 * 高校三年生のときのこと。 私は死に方を調べ、実践した。 ビビリだったので、簡単には成功せず、より確実な方法を探し、行動はどんどんエスカレート。 最後の方は、口にできないほど気の狂ったことばかりして。 最終的に、病院の鍵つきの病室に入れられるという、人生でそうない経験をした。 * 結局、私は今日まで生き延びている。 あの一件を知
私の高校受験の前日。よりにもよって、緊張と共に過ごしていたあの日。 理由は覚えていないけど、普段に増して兄の調子が悪かった。パニックを起こし、家の中もひどい状況だった気がする。 きっと母も限界だったんだろう。 「もう、死ぬから」 そう言って、母が包丁を握りしめていた。 泣きながら、取り乱した様子で。 こういう場面は初めてじゃない。 でも、何となくその日、 「あ、これはやばい。」 そう思った私は、がむしゃらに止めようとした。 台所のガスコンロの上で母と格闘。
「お前の兄ちゃん頭おかしいよな?」 小学3年くらいのとき、兄の学年の人に突然囲まれて、問い詰められたことがある。 私は、どう答えていいかわからず、下を向いてしまった。 縦割り活動では、「◯◯(兄の名前)の妹はやめとこうぜ~」と仲間にいれてもらえなかったこともあったし、 帰り道、笑いながら石を投げられたこともあった。 とにかく、私の兄は同級生から疎まれ、その矛先は私にも向かっていた。 同じ小学校にいるのが、正直辛くて、正直恥ずかしくて、正直、、、本当にやるせなかった
言葉でしか、行動でしか、相手への想いは伝わらない。 どんなに考えていたとしても、伝わるのはそのひとの言動。 当たり前のことだけど、言葉にして「伝えること」も、思うままに「行動すること」も苦手な私は、それがずっと悩ましかった。 でも大学生活の頃、いろいろな場所で出会ったひとたちが、そんな私に、コミュニケーションの方法はひとつじゃないと教えてくれた。 文字盤を使って、手話で、筆談で、点字で。 発語がない子とは、その子の些細な表情や動きから。 そうやって、障害のある子な
私には、これと言って得意なこともない。 すごく好き、と言えるものもない。 でも、好きな仕事をして、好きな人と結婚し、幸せな毎日を送っている。とってもあったかい日々だ。 そして、これからも、一生懸命生きていきたいと思っている。 それでいい。それがいい。そんな日々や、そんな自分を大切にできたら幸せだと思う。 だけど。 それでも。 時々思い出してしまうときがある。 心のどこかに残っている、 あのとき言いたかった言葉。 あのとき感じたこと。 あのときの自分や、助