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【ものがたりと心と声】シリーズ集

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女優・望木心の頭の中の想像力を短編ストーリー化。自分の体験ベースにフィクションを織り交ぜております。不思議な世界観がお好きな方、癒しが欲しい方に是非。週1回〜2回更新予定。
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記事一覧

魔法の僕たち1【処方箋】

「この薬を飲むと未来があなたの思う通りに進んで行きます。ただし、あなたはその度に寿命が縮むような思いをするでしょう。」 魔女から薬を買った。自分の過去全部を売って。薬と引き換えに過去を引き渡した。こんな過去は要らないと思ったから。 魔女は僕が店から出る時に声をかけた。 「いつでも未来を手放すことはできますからね。」 僕は薬を握りしめていた。 彼女との未来を手に入れる為に、僕は自分の過去を売った。僕の過去は誰かの過去になるらしい。生まれも、思考も、経験も他人のものに。

僕はキミのスマホ

買ったばかりのスマホから 小さな人が出てきた 自分そっくりだ スマホの強化ガラスの上に堂々と立っている 堂々とした自分を見るのは初めてだった スマホの自分は 「僕は君のスマホ」と喋った 気味が悪い 僕はスマホを自宅のベランダから外にぶん投げた 隣の空き地の草むらにスマホが落ちる 茂みから「いったあ〜」と聴こえる その直後、激しい頭痛に襲われた 脳内で灯りがひとつずつ消えてゆくような 記憶が遠のいてゆくような感覚がする 「なんで僕はここにいるんだろう」 恐怖に心が支配されて

光の果物

最近視力が悪くなった。 と言うより、視界に入る人という人の身体や顔などの肌色が様々な色に見えるようになった。人々の身体が赤とかピンクとかブルーとか、緑とかグレーになっているのだ。 眼科に行くと医師に「おめでとうございます。第6感ですよ。」と言われた。果たしてめでたい事なのか僕には理解できなかったし、正直困惑した。人の体の色が見えるからって、一体何の徳になるのかさえも分からない。はっきり言って気味が悪いし目がチカチカする。 僕はこの第6感を疎ましく感じながら社会生活を数ヶ月送

極楽人生日和

親友は白い菊の中に囲まれて、箱の中に横たわって目を閉じていた。 人々は列を作り、何かを唱えたり一言挨拶をしたり、無言で彼を見つめているだけだったり、中には罵倒して会場を追い出される人がいたり・・・様々な人々がこれから出棺される彼の傍に花をたむけていた。お経がリズミカルに列の人々の動きに指示を与えているかのように、列は機械的に進んでいる。 僕は一人ぼんやりと最終列の椅子に座っていた。 親友は一昨日の夜、キーの刺さったバイクを盗んで走り出し大型トラックに跳ねられてあっという間に

とけない雪

根雪の中に頭を突っ込んだ。 脳回路がショートしそうだったから。 衝動的なまま冷却行為に移した。 馬鹿馬鹿しい事をしている自覚はあった。しかし、これ以上嘘をつき続けるのは死にに行くようなものだと感じ、どうしようもない状態の中で見出した行動が頭を根雪に突っ込むという結果になった。根雪は眠っていた冷静な自分を呼び起こしてくれた。 クラスメイトの友人から「お前ほんと死ぬよ?」と笑われながら言われる。冷たい世界の中から顔をゆっくりと上げる。 燦々と盛大に降りしきる大粒の雪が、友人の隣

なりたいもの

穏やかな河の水の流れだった 輝く水の中で泳ぐ、この魚になりたいと思った 脚から頭の先っぽまで、肌という肌が水と一体になってゆく 魚になるより気持ちが良いかもしれないと高揚した 私は笑って何日もそうしていた しかしある日の夜 曇り空から強くすり抜けてゆく風が私の体をざわめかせ、流れが速くなる その内、雨が降り始めた 私は流されるまま岩にぶつかり、飛沫をあげながら 何日も何日も激しく体を揺さぶられた 油断していたら、いつの間にか私の体は二手に分かれた もう一方の私の体は分か

大吉

大吉の葉っぱを切った その方が新しい葉が大きく育つからって お花屋さんが言ってた 大吉の腕から 真っ白な液体が出てびっくりした まるで血じゃないか 大吉が可哀想だと思った しばらくの数日間 大吉は元気がなかった 私は彼の事を傷つけてしまったんじゃないかと不安に思った 外は雷雨になっていた 私も血を流した 沢山たくさん みずから過去と今のハサミを使って 余りにも血が止まらず出続けるものだから 最初の強烈な痛みも麻痺していた 朦朧として横たわる あのひとを愛し続けたか

最後の恋

鳥は先日、生きるか死ぬかの修羅場から抜け出したばかりだった。羽根は抜け落ち、青いグラデーションは汚れて乱れていた。そしてその瞳は冷え切り、凍えていた。 鳥は木々が多く茂った公園に一時的な居場所として住み始めていた。自分とはまるで違う生き方の鳥達の姿を目にする度に、鳥は知らず知らずの内に昔よく唄わされていた歌を口ずさんでいた。 強めの風が吹く春の日だった。その日、鳥は老人と出逢った。 老人は公園のベンチに一人腰掛けて、どこを見ているわけでもなくぼうっとしている。鳥は老人から

追い風〜ものがたりと写真と声〜

「ついでに朝メシ買い行こう」 10歳年下の彼はそう言って、玄関脇に置いてある私の自転車にまたがり視線を投げてくる。 私はそっと彼の後ろに乗った。 「重たい」と言われたので、強めに背中を叩いた。彼はカラカラと笑う。 夕闇から夜へ空が表情を変えてゆく。 彼の白いTシャツに小さなシミを見つける。私はそっと指先でその部分に触れる。 星が少しずつ姿を現してきた。 5年前の今頃も、こんな似たような事をしていたのを思い出す。出来たら今度は、違う道へ行きたい、そう思った。 ゆ

ある女のはなし〜ものがたりと写真と声〜

女は「記憶を何処かに落としてきてしまった」 そう、よく言っていた 何でもなさそうな顔をして淡々と私に言ってくる その度に私は 「あの時、君と私は笑い合っていたんだよ」と、教える しかし女は 「ああ、そうだっけ」 この繰り返しだった ある日、私がある事情で女の前から姿を消した時、私の部屋から女が録音したカセットテープがいくつも出てきた 女はラジカセで再生し、自分の記憶を見つけ始める 拾い出し確認すると、あちこちに傷があってなんとも可哀想だが優しさに包まれたよ