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なりたいもの

穏やかな河の水の流れだった
輝く水の中で泳ぐ、この魚になりたいと思った

脚から頭の先っぽまで、肌という肌が水と一体になってゆく
魚になるより気持ちが良いかもしれないと高揚した
私は笑って何日もそうしていた

しかしある日の夜
曇り空から強くすり抜けてゆく風が私の体をざわめかせ、流れが速くなる
その内、雨が降り始めた

私は流されるまま岩にぶつかり、飛沫をあげながら
何日も何日も激しく体を揺さぶられた
油断していたら、いつの間にか私の体は二手に分かれた
もう一方の私の体は分かれたことに気づいていない
私も、私自身に溶け込み忘れようと思った

そして何日も無感情に過ごした
時々、人間が遊んでいるのを見かけると、昔に自分が魚になりたいと思った日の事を思い出す

「戻りたい」
そう思った

しかし私は流され続けた
涙が出ているのかも分からない位、泣き続けた
太陽の光に反射されて更に錯乱しながら流された
泣くたびに、よく岩にぶつかった
流れの激しさも一層増してゆく
体が痛いのか心が痛いのかすらも判断がつかない
私は自分が消えるのではないかと思い、
「どうせなら今すぐこの存在を消してくれ」そう願った

とてつもない速さで急降下、落下した
私は自分を無くし、成るように任せ浮かび宙に跳んだ
細胞が細かく細かく数えきれない粒子となって方々に散る

私は大きな声を上げていた
それに気づいた時、あの時二手に分かれたもう一方の私が頬を両手で包んでいた
「魚になりたいと思った日の事を覚えている?」
私は私自身と見つめ合い、静かにうなずく

もう一人の私は私の体と心を抱いて泳ぎ始めた
体が優しく水に揺れる
私は目を閉じた

揺れ続けている内に、昔来た事のある場所にいる事に気づいた
穏やかな陽の光りの中に包まれている

私は頭上に輝くまばゆい水面を見上げ、ようやくゆっくりと酸素を吸い込んだ
泡が細かく細かく水の中に吸い込まれてゆく
私はもう一方の私に吸収されて今までの記憶の中を泳ぐ

遠くの方から子供達の声が聞こえる
「魚になりたいな」

私は全身を動かし泳ぎはじめる


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