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文字がひとを殺す時代

どうも、もちだおもちです。
多くの府県で緊急事態宣言が解除され、ようやく活気が戻りつつある昨今。
ニュースで知ったのですが、テラスハウスに出ていた若い女子プロレスラーの方が亡くなったようですね。

番組は見たことないのですが、アラサー世代で言うところの「あいのり」的なやつですかね。
あぁいう、人間性やプライベートのいざこざを晒すことを売りにしている番組って、わたしはあまり得意ではないのですが、一定の根強いファンもいるのかなと。

そういう番組って、どうしても演者に対して感情移入させる演出というか、結果、賛否がわかれることを想定して作ってますよね、制作側は。

だってさ、考えてもみなよ。
みんながイイコで何の問題もなく、ただただ円満に話が進んだら、番組的に何ひとつおいしくないもんね。
どうしてもストーリー性というか、起承転結、紆余曲折、波乱万丈、修羅場・・・
そういうのを求めてるだろうし、きっと視聴者もそれが見たくて見てる。
だから、所謂「悪役」的な振る舞いや、ブーイングが起きるような展開に持っていってくれる人がいると、制作サイドは嬉しいんだと思う。

でもさ、その中で人が死ぬってどういうことよ。
ドキュメンタリーであっても、それが本人の100%じゃない。
だいぶ前にガチなドキュメンタリーの取材受けたことあるんだけれども、それでもまぁまぁ台本ってあるのよ。
「ここでカメラ回すんで、●●って聞きますね。なので××な感じで答えてください」的なね。
NHKですらそういうのはあるよ。

わたしが仕事で仮面をかぶるように、上級ホステスが完璧な女性を演じきるように、その番組ではそういう役割を担いながら乗り切っていたんでしょう。
仕事(テレビ)なんだから尚更。

それにさ、一回ふつうに考えてみ?
世の中に、自分の彼氏か元カレか知らんが、男がなんかのミスで大事なもの壊して、それ見てブチギレる女なんてざらにいるっしょ?
「大事にしてたのに!」「なんてことすんのよ!」的な。
仮に自分がちょっと悪くても、その場ではただただヒステリックになる女もいるっしょ。
でも、ちょっと男にキレたからって、死ぬまで叩かれることなんて、リアルでは起きないよ。


テレビなんて作りものの世界ってわかってるのに、現実まで脅かされるなんておかしいね。。
言葉は凶器とはよく言ったものだけども、今は文字が凶器の時代。
直接声で言わない、言うことのできないヘタレでさえ、文字さえあれば人を殺せるんだもんね。
亡くなった方のことはちゃんと知らないけど、殺されるほどの罪を犯したとは到底思えない。
周りの大人が、業界のプロが、本来は防がないといけなかったことだと思う。

そういや、どこぞのジャーナリストが、最後に笑顔の写真をSNSに上げて自死した彼女を「強烈な自己愛」と言ったけど、何を見てそう思ったんだろうと思う。
そんな強烈な自己愛がある人が、「ごめんね」って言って自死を選ぶかな。
晒した自分が誰にも受け入れられず、死ねと言われ、存在を否定され、「死ねば許してくれますか」と問えばメンヘラと罵られ。

孤立して、寂しくて、生きる価値もないと思い込んで、たった独りで死んでいったんだよ。
自己愛どころか、自己嫌悪だったと思う。
誰かに愛されたくて遺した、綺麗でありたかった自分だったんだと思う。


今週は、かつてわたしが仕事で関わっていた方の命日。
何度経験をしても、自死で人を失くすのは、本当につらい。

他人にさほど興味はないけど、誰も傷つかないでほしいとは思う。

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