大きなチョコを欲する彼、見守る愛を学んだ私
正直、前日まですっかり忘れていた。
バレンタイン、どうしよう。
研究室の人たちには、デパ地下のスイーツコーナーで買うとして。
恋人へのチョコ、どうしよう。
手作りをする余裕は、時間的にも精神的にもない。
ならば、既製品しかない。どんなものがいいだろう。
やっぱり、おしゃれで、ちょっとお高めのやつかな。
私は大学生のときに、バレンタインシーズンの百貨店でチョコを売るバイトをしたことがある。だから、有名チョコレートブランドの名前は一通り知っている。
ゴディバ、ジャン=ポール・エヴァン、デメル、ル・ショコラ・ドゥ・アッシューー
カタカナオンパレードの店名を脳内で読み上げていたとき、ふと思い出した。
一緒に買い物していた際、「俺、これ欲しい!」と言っていたチョコレートがあった。
ブランドの品でもない、おしゃれでもない、値段もそんなに高くない、チョコレート。
バレンタインにあげるには、ちょっと、なんか、違う。
彼の欲しいチョコレートを渡した方がいいのか、”バレンタインらしい”チョコレートを渡した方がいいのか、悩んでしまった。
***
「肩が痛い」と彼が苦しそうにしていたのは、少し前のこと。
猛烈な肩の痛みの中、大事な発表を控えていた彼は、私の「病院へ行け」の言葉を無視して、準備を続けた。
その姿を横で見ていた私は、大事に至る前に無理やりにでも病院へ連れて行くべきか、彼の意思を尊重すべきかで悩んでいた。
よく考えた末、彼にはこう告げた。
「思うまま、納得のいくようにしたらいい。それでもし、腕がもげても、動かなくなっても、あんたが悔いないんだったら、それでいい」
*
万が一、彼の腕が動かなくなったとして、彼と私はどう思うだろう。
私は、「なんであのとき、無理やりにでも病院へ行かなかったんだろう」って後悔して、泣いて過ごすだろう。
でも彼は、きっと、悔いない。
自分がよくよく考えた末に取った行動で、何か悲劇が自分に起ころうとも、よく考えた末の行動であったら彼は悔いない。仕方のないこと、当然のこと。そうして受け入れて、前を向く。
「片手が動かなくなっても、もう片方の手でキーボード打てるよ」そんなことを言ってのける。
彼は、最悪の事態を認識していないわけじゃない。しっかり考えた上で、いま頑張ることと、病院に行くことの両方を天秤にかけ、それぞれのメリット・デメリットを静かに見つめて、決断している。そうやって、常に冷静に物事を考える人間なのだ。
だから、「それでも病院に」と思う私の”優しさ”は、もう、ただのエゴ。
「なんであのとき、無理やりにでも病院へ行かなかったんだろう」って後悔するかもしれない”私”が嫌だという、私のわがまま。
ベッタベタに守ろうとするんじゃなくて、彼の決断を尊重して、この先どんなことが起きようとも、それを一緒に受け入れていく。そのそばで生きていく。
何かの決断の先で、最悪、命を落としたとしたって、受け入れる。
それが、彼と私との間の、望ましい愛情のかたち。
彼も私の行動を、そういうどっしりとした気持ちで、見守っている。内心では、ハラハラしながらも。
そう気づいたから。
傷つきたくない自分のこころを守るために、”優しさ”を使わない。
できる限り、彼自身の考えや行動に向き合う。
その先でどんなことが起きたって、逃げずに、受け入れて、生きる。
そうありたい、と思った。
***
バレンタインのチョコレート。
”バレンタインらしい”ものをあげたい。
その気持ちは、きっと、よくわからない価値観に染まった私のエゴだ。
だから、彼の欲しいと言っていた、チョコレートを買っていった。
大きな大きな包みを渡すと、目をキラキラさせて「もしかして!」
包みを開けて「やっぱり!!!」
満面の笑みで、「はな、ありがとう!!」
「俺、お菓子くれる人好きだけど、大きいお菓子くれる人はもっと好き」
まったく、ちょろい人だねえ。
あんなに冷静でよく考える人なのに、大きなチョコレートに喜ぶ姿は子供のよう。
おかしくも愛おしい。
*
「あ、そういえば、肩の痛みの原因分かったよ」
結局、あの痛みは5日ほどで消えたそう。
「この体勢で寝ると、あのときみたいにめっちゃ痛い」
「つまりそれって」
「うん、寝違えだと思う」
散々騒がせておいて、寝違えとは。
「寝違えたんじゃない?寝違えだったら接骨院行くとすぐ治るよ」ってあのとき何度も言ったのに。もう、人騒がせなやつなんだから。(本当、お騒がせしました)
「ごめんごめん」と言いながら、すぐに、
「このチョコどうしよう。大きなチョコ食べたいのに、食べたら小さくなっちゃう。どうしよう、困った」
なんてもどかしい顔をして悩む彼。
やっぱり、とても愛おしい。
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