絶望を希望に
「絶望を希望に」
なにかある度にこの言葉を自分で勝手に使う。
上手くいかないことや現実を思い知らされた時に心の中で想う言葉。
オードリー若林さんみたいに「どうも希望です!」なんて言えるようになりたい。
心の中ではいつも言ってる。
月1回投稿を始めてはや4ヶ月
じぶんにしては続いている。
1回だけだからってのもあるのかもしれない。
書きたいことが沢山あるからなのかもしれない。
投稿をはじめてから日常はいろんなことが起きている。
じぶんに無理なく継続すること。
「好き」は「好き」なままでありたい。
「好き」が「嫌い」になってほしくない。
「じぶん」が「他人」に振り回されてほしくない。
だからといって1人になりたいわけではない。
今のじぶんはちゃんと自分軸で生きれているのかな。
7月に付き合って1年の恋人と別れた。多分結婚するだろうなとお互いに思っていたはずが次第に心の距離が離れていく感じがものすごくあった。そして、お互いにとって何が良かったかわからないがお互いの道を歩むことに決めた。
恋愛をすると盲目になる、と初めて気づかされた。仕事も、恋愛も、のめり込んで盲目になり急にぶちっと切れてしまう。
絶望を感じる瞬間。
先日ご飯に行くことになった。
恋人の関係よりも友達の関係に戻ったがこの方がお互いに余裕がある気がした。
大人になってからの恋愛は余裕のない恋愛で終わってしまう形となった。確かに、仕事も恋愛もいろんなことが余裕のない時期だったから見える視野が狭くなっていく感覚しかなくわかっているはずなのに「今の自分を受け止めることができなくなった」
なんて笑って話をした。
地元離れて早1年半。久しぶりの帰省。
大好きなあの人たちに会うことができた。今頑張れているのはあなたたちのおかげです。
あなた方が強く生きていること、自分に良い影響を与えてくれることが今の自分がある。
人と話すことで感情も、仕事も整理された気がする。
過去に縋ってなんかいられない。未来が見えているわけでもないけど、それでも今の自分を信じて進むしかない。今をみるしかないのか今の自分をみているのかはこれから分かればいいのかな。
「人生かけてやるって自分で決めたからこそ簡単にやめてたまるか。こいつしぶといなって思われるぐらいまで何が何でも続けてやる」
ずっと夢中でいたい、夢中でいいんだ、人生。
自分の選んだことを曲げずに自分に夢中でいたい。
格好悪くてもいい、できなくてもいい、それでも自分のことに夢中でいる自分が信じてあげたらいい。
「お前が」「あいつが」なんていらない。
できない言い訳をたくさん並べるなんて格好悪いことだけはするなよ。ほかのことを言い訳にして、できない自分を選択するなんてするなよ自分。
常に自分に夢中でいるんだ。
また、新しい本気の恋愛をしている。絶望せずに、盲目にならずにできるのかな。
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