付き合うということ
社会人になってから強く感じるようになったのですが、「付き合う」というのは、意思だなあって。
「付く」の意味どおり、その人の身体に、その人の心に、その人の考えに、触れようとする意思があるかないか。それだけ。
これは恋愛にも当てはまるけれど、それに限った話ではなくて。
もっと、広義の意味での「お付き合い」。
「好きじゃないと付き合えない」「苦手な人とは関わりたくない(付き合いたくない)」とか言うけれど、
「好き」「得意」という感情の高ぶりがあるということは、対の感情の高ぶりもいずれ絶対に経験するし
言い換えて、「嫌い」「苦手」という感情の高ぶりがあるということは、対の感情の高ぶりもいずれ絶対に経験するし
どちらの感情の高ぶりを先に受けるか、という話なだけな気がする。だって、誰だって長所と短所は紙一重なわけだから。
まあ、相手との相性によって、なかなかどちらかに偏っている場合があるのはそれはそうだけれど。「この人やたら好きだな」とか「この人やたら苦手だな」とか。
更に、理不尽に傷つけられたりすれば、もう感情のバロメーターは一気に「嫌い」に動いてしまって戻ってこれなかったりするものだけれど。
でも、やっぱり
一緒に仕事をする人たちとか、友達とか、家族とか、もっともっと広く、電車で隣に座る人とかすれ違う人とか、「人(人間社会)との付き合い」は、「よい関係でいるぞ」という意思をもってやっていくこと、ただそれでしかないと思うのです。
恋愛だと、ここに、もっと本能的な「好き」が加わるからややこしいということね。
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