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小説は、自由が許される最後のメディア  小説家・寒竹泉美さんインタビュー

京都在住の小説家、寒竹泉美さん。小説家になろうと考えたきっかけやデビューまでのお話、寒竹さんが小説を書き続ける理由、小説のおもしろさなど、現役の小説家にZoomでお話をうかがいました。

寒竹泉美(かんちくいずみ)小説家。京都大学大学院医学研究科博士課程修了。2009年に講談社Birthから作家デビュー。『月野さんのギター』講談社、『隠秘の恋』ハーパーコリンズ、『天才研究者の婚活事情〜プロポーズから始まる恋』夢中文庫ほか女性向けライトノベル多数、漫画原作など。(オフィシャルページ:寒竹泉美 WEBSITE

デビューまでの道のり

ーーー 小説家になろうと思われたきっかけは?

子どものころ絵本を読むのが好きだったから、自分も書いてみようというお絵描きのような感覚でお話を作り始めました。小学3年生くらいのときには、連絡帳に4コマまんがを描いたり日記にお話を書いて先生に褒めてもらったり、友達が面白いって言ってくれたから、どんどんやるようになりました。それからずっと、途切れることなく何かしら書いています。

中学生になって、友達に小説家になればいいのにって言われて、初めてそういう職業があることを知ったんですね。それがきっかけです。かっこ良くて目立って人にチヤホヤされるような小説家になりたいと思うようになりました。引っ込み思案だったけど、虚栄心があったんですね。

ーーー デビューまでのお話を聞かせてください。

学生の間に芥川賞を取るんだってずっと言ってたんですけど、実際は新人賞にも選ばれなくて。プロの作家が書いたものをいっぱい読んでるし、自分は選ばれる人だと思ってたのに、そうじゃないと気づいてショックを受けたんですね。それが大学生とか大学院生くらいのとき。

それで、自分は新人賞で選ばれてる人よりも下手くそだってことを認めたんです。認めてからは初心に帰って書き始めて、デビューできました。

デビューしたあと、また図に乗って浮かれてたらレーベルが潰れてしまって。そこでわたしが夢見た、小説家デビューして華やかな授賞式に出ていろんなところから依頼が殺到してベストセラー作家になって、というような夢は潰えました。

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小説のこと

ーーー 本が読まれない時代に小説を書き続ける理由は?

映画やドラマ、アニメなんかには多くの人が関わっていて、いろんな制限や規制がかかってくると思うんですけど、小説は1人で書けるんですね。ノンフィクションならもちろん、エッセイでも、取材対象とか家族を巻き込んじゃう可能性がありますけど、小説だったら自分だけ。

小説って変なこととか、社会から外れたこと、赤裸々なことがいっぱい書いてある。人を不快にすることとか、反社会的なこと、考えちゃだめ、思っちゃだめって言われるようなことを書けるのが小説で、人が顔をしかめるようなことを思って孤独を感じているような人とつながれる手段、最後の自由な場所なのかな。

子どもを産めとか、いい会社に行けとか、たくさんお金稼いで貢献しろみたいな世間で良しとされる価値観がいろいろあるけど、そうじゃない道もいっぱいあるよねっていうのが小説では描かれています。枠から外れて苦しんでる人も、それでもいいんじゃないみたいな。

自分自身が小説を読んで育って自分らしく楽に生きられるようになったので、そこに貢献できたらいいなと思っています。

ーーー 寒竹さんにとって小説とは?

なんでしょうね。うーん、なんかね、良いものだと思うんですね。生きるために。今の世の中では経済的な価値観がメインになってると思いますけど、良く生きるために、一番役に立つもの。役に立つって言ったら誤解を生みそうだけど、効率的な生き方とは違う意味で。

小説を読んで現実世界から離れるっていうのは、経済の面からいうと無駄なんだけど、旅をすると自分の日常が見えてくるみたいな感じで、別の世界に行って新たな自分の姿が見えてきたり。小説はスポーツとも似ていて、小説の中では普段使わない想像力を使うと思うんですけど、そうやって鍛えた想像力っていうのがまた日常を豊かにする力になってくれると思うんですね。

最初はただ好きで好きで読んでたんだけど、最近は意外に役立つぞって思ってます。小説は、よりよく生きるために役に立つ。


ーーー 小説の面白さとは?

ゼロからお話を作ると、自分の魂が全部入るっていうか、自分でも意外な面が出てきたり、今までの人生では見えなかった自分が出てくるとか、そういう面白さがあるんですね。

わたしは今、このわたしっていう殻の中に入ってるんですけど、例えば20歳の男子の中に入った時に、わたしの殻がなくなって、別の殻の中で別の思いが出てきたりするんです。魂が動き出す。


ーーー 魂が動き出す?

そうです、社会的な監視から逃れて。『月野さんのギター』も、わたしの経験が元になっているので、女性を主人公にしようかなと思ったんですけど、そうすると話が動かないし書きづらくて男女逆転してみたら、いろいろな思いが出てきたり自由に動けたりしました。

主人公は男なんだけど、後で読み返した時にこれわたしだって思ったんですね。今の自分と全く違ったり立場が違う主人公を書いた方が、思わぬ自分が出てくる。今の形ではない違う人生を歩んでる違う性格が。

大きな物語じゃなくても、ただ別の人を設定してその人の生い立ちをワンシーン描くだけでも、思ってなかったセリフがぽっと出てきたりしてびっくりするんですよ。え、これわたしが考えたの、みたいな。

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ーーー 書くモチベーションはどこからくるのですか?

書くモチベーションは、読んでくれる人の存在です。わたしが書いたものを、はじめは優しい友達とか調子に乗らせてくれる知り合いが読んで、面白かったよ、また読みたいって言ってくれた。下手くそな時でも面白い面白いって言ってくれたから書いてるって感じですね。そういう人が、書き始めた時から今に至るまでずーっとい続けてきてくれた。それが多分、一番の力になってるのかな。

誰も読んでくれなくて何の反応もなかったら、ちょっと心が折れそうになる。作家志望の人とか初めて書く人がしんどいのは、書いても面白くないものしかできないから。

プロになれるかなれないかの壁には、自分で気づかないといけないんですよね。どんなに美味しくても家庭料理だけじゃダメで、プロならちゃんとフルコースを出さなきゃっていう。


ーーー フルコースとは?

趣味の料理を作って人に振る舞うのと、レストランでフルコースを提供するのとはまったく違いますよね。それと同じで違う年代の人とか、違う考え方の人、わたしのことを全く知らない人にも届けるためには、自分の好きなことだけ書いていくんじゃなくて、想像力の目配りが必要です。

ちゃんと作品にしていくときには、こういう立場の人が見たらどう思うかなとかあらゆる方向から考えていくんですね。

作品は我が子なんだみたいな感じで自分のいいようにやってしまうんじゃなくて、読む人のために書くっていう覚悟があるかどうかが、プロとそうでない人の違い。そこに気付いて読む人目線で直せるようになったら、全然意識が違ってくるので。小説は製品なんですね。


ーーー 小説は製品なんですか?

お仕事になる前の小説は、出てくる物語とか世界を好き勝手どんどん書いていってたんだけど、それは小説というパッケージにはならないものだったんですね。編集されていないおしゃべりの収録みたいな感じ。その中に浸るのはもちろん楽しいんだけど、例えばその世界に合わない人には届かない。作品ではなく趣味のものだったんです。

「最初に提示した問題に対する解決策を示して完結させ、伏線を回収して満足感を与える穴のない作品」として起承転結のあるパッケージにして初めて人に買って楽しんでもらえる製品になるんですね。

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なぜ書くのか

ーーー 人に楽しんでもらいたいのはなぜでしょう?

なんでかな。嬉しいですよね、めちゃめちゃ。単純に。普通の人間関係でも自分が得意なことをして誰かに喜んでもらったら一番幸せだと思うんですけど。それの究極版が小説とかエッセイとか文章で。

小説とかエッセイって本当に自分の生の姿っていうか、本当に生々しい一番の本音が出る場所で、友達とか人と喋ってる間には出てこないような本音まで出てくる場所で、それを誰かがいいって言ってくれた時に、物凄い心の奥深いところで繋がった感じがする。やっぱりそれは、すごい幸せ。生きててよかったみたいな幸せを感じる。

だからもう今はベストセラーになって儲けるとかじゃなくて、いいものを書いてたくさんの人に読まれて、よかったって言われることの価値の方がわたしには大きいなと思えて。虚栄心とかランキングに一喜一憂するのがなくなりました。


ーーー これからのご予定を聞かせてください。

男性を含めた今までの読者や、『月野さんのギター』を読んで好きになってくれた人の顔は常にあって、女子向けエロとか新しい分野を書くときにもその人たちを裏切らないように、その人たちにも面白いって思ってもらえるようにと思いながら書いています。

まったく自由に好きなものを書きなさいって言われると今は何も書けなくて、ある程度の枠があったり不自由な方が想像力が働くんですね。自分でテーマを決めて、条件を立てて、読者対象を設定するというのが今はできていないけど、これからはそれをやりたいなと思っています。


*期間限定で無料公開されています。『月野さんのギター
*寒竹さんの短い小説などはこちら
*寒竹さんのnote

*撮影:寒竹さんの高校時代からのお友達、ameさん

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