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『バグダッド・カフェ』をつまんないと蹴とばせる人生のままがよかった…?

中年のはかない夢をひとときかなえるファンタジー映画

『バグダッド・カフェ』を見ようとしたのは高校生のときだった。
映画がはじまってしばらく、中年夫婦たちの喧々諤々の言い争いやヒステリックな姿が続いたのがしんどくて早送りした。歌い上げられる主題歌と乾いた映像や構図、色、全体が絶妙なマッチをしていて空気感がとてもいいけど、後半ミュージカルでまとめてあるのか…、と未熟な高校生にはストーリーがクリシェ構成に思えて、当時はしっかり観る気が失せた。
(私は幼いころから、ミュージカルへの苦手意識を養ってきた。幼稚園の遠足で行った宝塚歌劇、バレエ発表会・大人の部、アニーよ銃をとれ!、…どれも幼い私には眠くてつらかったから。バレエは楽しい子供の部が終わったあとは、長い長い大人バレエの発表会があったから。でも『シェルブールの雨傘』は好き。)

だが、しかし。
中年のいまになってみてみると、じわじわきて涙も浮かぶ映画に『バグダッド・カフェ』はなっていた。時の流れとともに、見るべきときが私にもやってきていたのだ。この愛すべき映画を「つまらない」と蹴とばせる人生を突き通せていたなら、それはずっと幸せで祝福を受けた証になったかもしれない。
これは、年を重ね、苦労して、そろそろやり直しがききづらくなってきた中年向けファンタジー映画だったのだ。そして、中年の儚い夢をひとときかなえてくれる映画なのだ。(これは高校生が面白いと思って観れるわけがない。)メリーポピンズへのオマージュだといわれているけれど、これは確かに80s'アメリカ西部版メリーポピンズだろう。
中年の夢とは、かみ合わずにヒステリックな不協和音をたてていた歯車のひとつひとつが、奇跡的にカッシャーンとはまって、なんでもかんでもが魔法のようにうまくゆくことだ。
ひとつは砂漠を越えて砂埃まみれになって歩き、やっと、ずっと探していた(callしていた)人と愛へ辿り着き、結ばれる夢。
もうひとつは稀人がやってきて、埃をかぶった店や停滞した家族や人々や商売が息を吹き返し、評判の店になり、夫婦仲までよくなる夢。

奇跡的な幸運がもたらされるサイン

冒頭から2組のケンカ別れする中年夫婦が登場する。
2組の夫婦のそれぞれ片割れであるバグダッドカフェの女店主ブレンダ、太ったドイツ人女性ヤスミンの夫。二人はイライラを巻き散らして、周りの人や空気を憂鬱にしている。この憂鬱が地層のように積み重なり、どんなにあがいても解けることのない呪縛となり、緩やかな死のように凡庸な不幸に人々をうずめる。人生の後半に差し掛かかり、思い描いた人生を歩めなかった中年の諦めと絶望と虚無へ崖っぷちの呪怨「こんなはずじゃなかったのに。」
モハーヴェ砂漠で夫婦喧嘩をして車を降りたヤスミンは、黒いフォーマルウェアにローヒールのパンプスでスーツケースを引き摺って歩いているうちに、幻日をみる。

幻日は奇跡的な幸運のサイン

バグダッド・カフェにたどり着いたヤスミン。自分が滞在する部屋に飾ってあった幻日の絵をみつけた瞬間、砂漠でみた幻日がフラッシュバックして、強い天啓・インスピレーションを受ける。
そして、幻日のふたつの太陽のように、女店主ブレンダと稀人ヤスミンの二つの願いがエネルギーを与えあい、バグダッド・カフェで数々の奇跡を起こす。ヤスミンはヒッピーが生息する1980年代西部の砂漠に舞い降りたメリーポピンズ。魔法のように人々をあたたかく繋いでいく。

その魔法は、たとえば以下の3つだ。
1)過去からの脱却。いらないものを捨て、埃を拭いてはらってお掃除をすること。コンマリの片づけの魔法も満更でもないのかもしれない。spark joy methodsがまずはじめにやる儀式のような「生活への感謝」が拓かれる。
2)自らを解放し、相手をそのまま受け入れ、心を通わせること。
これはディケンズ『クリスマス・キャロル』のChristmasの朝のスクルージの姿にもみられ「人々への感謝」が拓かれる。
3)日常を跳躍し、主体性を取り戻すこと。漫然と毎日同じことを繰り返す日常に、怠惰は黴のように蔓延り、それは不治の病となる。自分のことを日常にからめとられた被害者だとは決して思わないこと。

魔法がブレンダとヤスミンを夫源病(妻源病)や日常の呪縛から解放する。
とはいえ、日常に追われてくたびれてると、脱出速度を越えるようなエネルギーもないだろう。だから、ある日スーツケースを引き摺って登場する稀人の非日常が奇跡を起こす助けになる。

真っ黒なフォーマルウェアでいかにもお堅いドイツ人というようないでたちだったヤスミンは、自らの解放が進むにつれ、徐々にくだけ、色鮮やかなカジュアルウェアになり、その服さえもどんどん脱いで、最後には大きなおっぱいをCOXに露わにする。

ヤスミンの何か含んだような、謎めいたモナリザのようなムード。
夢の中で、夢のような出来事が起こるのを冷静に夢物語と距離をとって眺める自分がいるような風でもある。これが現実から浮遊させて、夢のようなファンタジーに仕上げている。
ブレンダがリアルへ引き戻すコントラストによって、ファンタジーの霧をより重厚にしている。
あと、マツコ・デラックスの女装姿はヤスミンさんみたい。

Calling You…, あなたを深く強く求め続ける渇き

A desert road from vegas to nowhere
ベガスからどこでもない場所へ続く砂漠の道
some place better than where you're been
今までよりちょっとましなところへ
A coffee machine that needs some fixing
修理が必要なコーヒーマシーン
In a little cafe just around the bend
すぐそこの小さなカフェにある
(狂った小さなカフェ)
I am calling you Can't you hear me I am calling you
私はあなたを求めてる 聞こえるよね
A hot dry wind blows right through me
熱く乾いた風が、私をふきぬけて うそも吹き飛ばす
The baby's crying and I can't sleep
赤ちゃんが泣いてて 眠れない
But we both know a change is coming coming closer, sweet release
でも私たちはお互いに、変化がすぐそこまでやってきてるのをしっている
うっとりするような解放のとき
I am calling you I know you hear me
I am calling you I am calling you
I know you hear me I am calling you

Jevetta Steel "Calling You"

(Beyondさんの写真が映画の感じと通じて、すごくいいです。)
https://www.youtube.com/watch?v=_S0nTp8BzSI&t=144s


主題歌の"Calling You"が大好きで、Jevetta Steelのアルバムを買ってよく聴いた。プリンスが作った曲もあったりして、Calling You以外も全体で好きでよく聴いたアルバムだった。

壊れたコーヒーマシーン、埃まみれのカフェは、日常に追われてこわれた中年女性。
映画に登場する美しい夕焼けは、中年女性のピンクのたそがれどき。乾いた砂漠で、ずっと誰かを求め続けている。
ストーリーや意味なんかを別にしても、この映画の空気はとっても甘美で、大きなスクリーンで包まれてみたかった。ずっとハンモックやソファで沈んでうっとりとバグダッドカフェをみてたら、そのまま砂になり、何もかもが風で吹き飛んでしまいそう。
ガルシア・マルケス『百年の孤独』マコンド村の最後のように。

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