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1979年の渡し船 Ferry del año 1979

 年末も押し詰まって金融機関の営業日を確認すると、せわしない気分を超えた諦めが漂い始めた。あれほど騒がしかったクリスマスさえ、すっかり正月が上書きしている。さっき銀行の窓口が閉まったばかりだと思っていたのに、外をみるとすっかり暗くなっていた。暖房の設定を少し強めながら、夕食の算段を組み立てる。
 ソーシャルメディアにさみしい心を抱えた娘たちが現れるまで、まだしばらく余裕がある。いや、しばらくなんてもんじゃないな。料理して食事して風呂に入って、それからでも少し早いくらいか?
 しょうがない、映画の配信でもチェックするかと専用ブラウザを立ち上げたら、あまり使っていないソーシャルアカウントにメッセが届く。しかも、友達じゃないアカウントからのリクエストだ。好奇心と警戒心のせめぎあいは、今回も好奇心の圧勝だった。誰が見てるわけでもないが、露骨に顔をしかめつつ「表示」をクリックする。
『お正月はひま?』
 眉間のシワをさらに深く寄せながらメッセージウィンドウを全選択するも、本当にそれだけのメッセージらしい。ここに至って送信アカウントを確認したら、おやおや海辺の彼女じゃないですか?
 アイコンやプロフ画像では顔を隠しているが、抱いている犬と首輪に見覚えがある。
 苦笑しながら『ひまっすよ!』と返信しつつ、すかさず友達申請もクリック。
 ところが、次に受信したのは『使ったらアカウント捨てるの。申請しないで』といった微妙な文字列。ともあれ、相手が海辺の彼女とわかれば話も早い。そこから先はいつものように他愛もない話をはさみつつ、手際よく密会の日程を調整していく。
 正月に夫と娘が義父母とリゾートへ出かけるため、海辺の彼女はひさびさにのんびりできるらしい。羽振りのよい義弟から向こう持ちで合同家族旅行に誘われたようなのだが、それを蹴って独り正月を決め込んだと思われる。大丈夫かと思わなくもなかったが、当人が「それはあうんの呼吸」というのだから、まぁそういう関係なのだろう。
 俺の部屋やモーテルで慌ただしく身体を重ねるような逢瀬も、それはそれで楽しいのだが、家族を離れてゆったりした時間を過ごせる機会はなかなか得難く、飛び交うメッセージも熱を帯びる。流石に外泊は無理だが、朝に最寄り駅で合流してホテルへ向かい、身体を重ねたりランチを食べて楽しんだ後は海辺をドライブなんて、やり取りしているだけでも気持ちが高まってしまう。
 要領よく必要な情報を共有したら、そこからはいつものようにイチャイチャトークへなだれ込む。まぁ、じゃれあうような語り口でも、口頭での通話と文字の会話は本質的に異なる。表面的にはそっけない言葉がならぶものの、リプライのタイミングや顔文字で甘い空気を仕込ませる遊びは相変わらずだ。やがて、話題がロシア沿海州の日本車から当日のドライブコースへ差し掛かり始めたころ、ふっと彼女の言葉が途切れる。
 家族か、子供でも帰宅した? それとも来客か?
 いずれにしてもおとなしく待とうとネットサーフィンしていたら、アカウントの表示がおかしい。再読込をクリックすると……。

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