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優しさと穏やかさ

皆さんは自分の生まれてきた環境や両親から
ルーツを感じたことはありますか?

私は両親からたくさんの愛情をもらって育ったと
今は感じています。

幼い頃はそれが当たり前だったし、
自分の育ってきた環境や先祖について考えたこともありませんでした。

私には毎月必ず行っていることがあります。

父方の祖父母のお墓参りに行くこと。

これは意識している訳ではないけれど
足が向くたびに挨拶に行きます。

行くと気がスッキリして
また安堵感に包まれるから。

父方の祖父母にとても可愛がってもらった記憶があります。

祖父はとてもせっかちな人で
遊びに行くと玄関を上がる頃にお茶菓子を出して
座った瞬間に「食べろ」と言う人でした。

私たち兄弟のために朝早くバイクを飛ばして
途中のセブンイレブンで3つずつ2種類のお菓子を買ってくる。

朝早すぎていつも起きる前に帰っていく人。

この頃に食べていたお菓子は今も大好き。

祖父の優しさは言葉ではなく、いつも行動で示してくれた。

社交的な祖父は外ではたくさんの女性にモテていたとか。。

祖母は本当に穏やかな人でした。

今で言う「天然」なんだと思うけど、とにかくニコニコとしてて
いつも優しい口調の人。

新しいものを受け入れていくから、従姉に連れられて都内へも行ったり
知らない場所へ行くのも楽しんでいく。

私の子供たちのこともとても可愛がってくれて
運動会やお遊戯会に来てくれて
とっても温かい人でした。

その祖母が体調を崩した時に、私は自分のことを顧みずに
介護しようとした。
その時は朝祖母と一緒にお風呂に入って清潔にしてから
オムツを当てて出勤して

介護認定の調査に立ち合ったり

自分の目で全て見て感じようとした。

その時に仕事でお世話になっているケアマネージャーさんに
止められた。

「あなたは自分でプロの意味をわかっているわよね?
こんな時だからプロの介護の方々に助けてもらうのよ」

ハッとした。

いつもしていることを
身内だからやりたいと

エゴでしかなかった。

そこからは出来ることだけをした。

弱っていく姿を目で見て感じて
時間が出来たら会いに行った。

その病の最中も全く変わらずに穏やかだった。
痛みの訴えもなく、喚くこともない。

それすら分からなかったのかもしれないけど
祖母は祖母のままだった。

最後の瞬間までそばにて看取ることもできた。

今でも忘れてない。

そしてお礼できたことも忘れてない。

みんなが大好きな祖母を見送った時に
私の背中にまた見守ってくれる存在が増えたんだなと
安堵感が増した。

人生の終え方を
祖母を見て学んで

毎日の仕事の中でも学ぶことがあるけれど
祖母の優しさと穏やかさを
私も少しでも遺伝していたいと願ってる。


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