短編小説-花川戸一丁目-
花川戸一丁目。
わたしがいるのは隅田川にかかる真っ赤な着物を着たような橋「吾妻橋」のすぐそば、桜橋まで続いている隅田公園の入口あたりといったところだ。
今は桜の時期でこれでもかという程に人間で溢れ、公園の桜を見ては呑んで食べて踊ってをしている。
別にこれといって感想は無いが、鮒忠の幕の内弁当を食べてる人がいないか無意識のうちに探してしまっていて、おかずの鮭を考えるだけでヨダレがでる。
ご飯のことばかり考えていると、水上バスの出発までの待ち時間を公園で過ごしているカップルがいた、女の方が気安く話しかけてくる。
これは良くあることで人間にとって猫は癒しなのだ。可愛いだの愛くるしいだの勝手に感想を告げられてほとんどの場合は終わる。
しかし今回は違った、もう片割れの男が頭をぐりぐりしてきたのだ。別に痛かった訳では無いがびっくりした私は毛としっぽを立たせて大声を出してしまった。
私の行動にびっくりしたカップルは天敵から逃げるエビのようなスピードで後退し、その時男のポケットから何かが飛び出た。女がびっくりさせてごめんねととっさに私に伝え男にも謝るよう促す、2人は水上バス乗り場の方へ歩いていく。
大きなバックパックを背負った大男がいた。彼は自分自身を探す旅をしているようだ、この街でそれが見つかると良いのだが。
マップを広げて何か教えてほしそうな顔で当たりを見回し、目の前を通り過ぎたカップルに話しかける、カップルの女の方は幸い英語を喋れたが大男の目的地の浅草観光案内の場所がわからない。会話は早々に終わり大男は再び何かを教えてほしそうな顔で当たりを見渡した。
すると交差点に客引きの車夫がいる。この街を知り尽くしている男たちだ、間違いはないと確信し大男は車夫へとカタコトの日本語でまずは挨拶をする、次に英語で浅草観光案内へ向かいたいと伝えた。車夫の男は客でもない大男に親切に対応し流暢な英語で場所を伝える、更にはお金も払っていないのに浅草寺は見たかとか隅田公園すぐそこだから桜を見てこいとか、謎の案内までつけくわえた。大男は嬉しそうにニコッと笑みを浮かべまずは隅田公園を見てから観光案内所へ向かうことにした、公園に入った所で何かを拾った、水上バスのチケットだ。
拾ってきた弁当を水上バス乗り場の前で食べながら座り込んでいるホームレス、何を始めるかと思えば大道芸のつもりか投げ銭の袋を用意して発泡スチロールを叩いて音を鳴らすが聴けたものでは無い。それもかなりうるさいので近くにいた客引きの車夫に注意される始末だ。もちろん投げ銭を入れる人なんて見たことないが、ホームレスはほぼ毎日それを繰り返してきた。しかし今日は違ったのだ、チャリンと小銭の音がした。こんなことがあるのかと2度見、いや3度見した私は更に4度見をすることになった。恐らく周りにいたほとんどの人が驚いたはずだ、そこにはバックパックを背負った大男がいたのだ。
私の目の前で客引きの車夫たちが街を行き交う人達に陽気に声を掛ける。お話だけでも聞いてください〜とかなんとか言ってるが足を止めてもらうことですらも大変そうだ。するとあるカップルが罠にかかった、というより勢いに負けて足を止めてしまった。こうなると逃げるのは難しい、浅草は初めて?今どこ行ってきたの?30分からでも案内出来るよ、とかいろいろ言われて結局1時間位のコースを誘導されるのがオチだ。最初はカップルも押され気味だったが女がとっさに思い出したようだ、これから水上バスに乗るので!!と伝える。車夫は出発は何時?それまで時間あればどう?となおも商売を続けようとする。カップルの男が出発時間を確認するためポケットほじくり返す。しかしそこにチケットは無かった。
観光案内所から戻ってきたバックパックの大男は火事の現場から出てきたのかと思うほどボロボロな、服とも言えない服を着ているホームレスが発泡スチロールの太鼓を楽しそうに叩いているのを見て一緒に楽しくなっていた、500円玉を投げ銭するとホームレスに向かって「グレイト!」と伝え、客引きの車夫の元へ向かってこの街を案内してくれと頼んだ。大男はふと先程拾ったチケットを思い出す、車夫の男のこれは何かを聞くために取り出しチラつかせる。
隣でチケットを探すためポケットをほじくり返しバッグをひっくり返しているカップルの女の耳に2人の会話が入る。どうやら隅田公園で拾ったということ、それがついさっきの出来事だということが分かった。女はもしかして。。。と伝える。もちろん大男は拾っただけのチケットで必要なものではなかったので快くカップルにチケットを渡した。
私はこんなこともあるのだなと思い立ち上がる、そして無意識のうちにホームレスの元へ向かう、ボロボロの服を着ている彼が食べていた弁当は鮒忠の弁当だった。
私はホームレスに近づいて鮭をねだった。
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