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〈偏読書評〉読書欲を静かにそそる、“文芸的”なコミック:『書店員 波山個間子』

「ずっと更新していませんでしたが試しに」と、最近noteでの投稿を復活された、漫画家の黒谷知也さん。

復活を(勝手に)記念して、今回は自分が特に好きな黒谷さんの作品『書店員 波山個間子』(KADOKAWA刊)をご紹介したいと思います。

ちなみに自分が初めて読んだ黒谷さんのマンガは、TwitterのTL上に流れてきた『芥川龍之介4コマ』。そこまで美化されていない芥川の描写がなんかいいな、と感じていたところ、当時連載がはじまったばかりの『書店員 波山個間子』の存在を知ったのでした。

『書店員 波山個間子』というタイトルから分かるように、波山(はやま)さんという書店員が主人公の本作。「青ひげブックス」という(チェーン店ではないものの、けっこう大きめの)書店で、ブックアドバイザーとして働いている、「接客はすこし苦手だけど、読書量と本の知識ならこの店随一」な彼女が、店を訪れるお客さんや周の人たちの本との出会いをとりもつ様子が描かれます。ちなみに作中に登場するのは全て実在の本で、読めば読むほど読書欲もそそられるマンガでもあります。

……と書くと、お客さんとのやりとりをメインに描いた作品だと思われそうですが、純粋なお客さんとして青ひげブックスを訪れる&波山さんによるブックアドバイスを受けるお客さんは全2巻を通して、わずか2人と実は少なめ(最終話では近所のクリーニング店のご隠居さんにアドバイスをするけれど、彼は青ひげブックスで取っている新聞を読むのを目当てに店を訪れているのでノーカン)。

では全2巻の14話の中で、一体何が描かれているのか? 前述の純粋なお客さん2人が登場する1巻の約半分(第4〜6話)で描かれるのは、「まだ読書の習慣がなく 本の魅力に気づいても」いなかった高校時代の波山さんと、彼女が「高校生の頃に読みかけて 読了できない」一冊であるヘッセの『車輪の下』にまつわるエピソード。

続く2巻では、青ひげブックスの同僚である、本にあまり興味のなかった新入りアルバイトの時岡くんの読書体験や恋模様、ビジネス書担当の社員である三重木さん(元SE)やアルバイトの茂地月さん(アマチュアの舞台女優)の、ちょっと風変わりな本への想いや興味などが、オムニバスに近い形で描かれます

でも、この2巻の「身近な人に本を紹介する」というスタイルが、書店員でもブックアドバイザーでもない単なる本好きの私たちの目線と、どこか近いんですよね(もちろん本の知識量は波山さんの方がダントツで多いですが)。

本を誰かに紹介する(そして、その本を読んで喜んでもらえたときの)楽しさやうれしさだけでなく、難しさもしっかりと感じ、時には落ち込んだり反省する波山さんに思わず共感してしまう&彼女のことを好きになる(もしくは応援したくなる)本好き/読書好きの方は、実は多いんじゃないかと思います。

それと、個人的にこの作品が好きなポイントをもうひとつあげると、いわゆるメディアミックスされたりするようなエンタメ性の高い作品では決してないものの、1話1話が短編小説のような趣があるところ。要は、エンタメ作品のような万人受けする「話らしい話」を描いていないところ。

読書を通して人が体験したり、感じたりする ーーそして、もしかしたらその後の人生を一変させるようなーー ことがらを、静かに詩的に描く『書店員 波山個間子』は、芥川と谷崎潤一郎の「小説の筋」論争の中で芥川が語っていたことと、どこか通じるものがあるようにも感じるんですね。本をこよなく愛する波山さんの、美しい魂が作品の中にしっかりこもっているというか(こんなこと感じるの、頭がちょっとアレな私だけかもしれませんが)。

あと実在する本の表紙を、写真を使ったりせず(要は手抜きをせずに)絵で一冊、一冊しっかりと描いているところにも黒谷さんの本への愛を感じられて、個人的にはグッときます。

これといった大きな事件もおきず、ちょっとおかしな出来事が(それこそ詩的に)おきて終わる最終話は、とてつもない清々しさを感じさせるだけでなく、作品は完結してしまったものの、世界のどこかでは波山さんたちの日常は続いていくようにも感じられて、これまたいいんですよね……いや、連載が終わってしまったのは良くないけど……。何かの機会があったら、ぜひ黒谷さんには波山さんたちの(たくさんの本が暮らしの中に存在する)日常をまた描いて欲しいです……

またもや、ダラダラと長文を書いてしまいましたが、ちょっと波山さんのことが気になった方は、『コミック イット』のサイトにて公開されている、第1話をぜひどうぞ。読者である私たちに、漫画の中から波山さんがしてくれるブックアドバイスを通して、みなさんも素敵な読書体験ができますように

【BOOK DATA】
『書店員 波山個間子』(KADOKAWA刊) 黒谷知也/著、名和田耕平デザイン事務所/カバー・本文デザイン  1巻 2017年2月15日第1刷発行、2巻 2017年12月15日第1刷発行 各¥650(税別)

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